ハンブルネスのひとりごと

ノルウェー在住のシステミックカウンセラーのブログです

ノルウェーから一時帰国  コロナ第5波下の首都圏

こんにちは。みなさまお変わりありませんか?久しぶりにブログを更新します。私の長い日本での休暇もあと数日を残すのみとなりました。8月24日に隔離期間が終了した後、さまざまな用事もしましたが 首都圏でも緊急事態宣言が出ていることから、できるだけ「ステイホーム」で実家におりました。

首都圏のコロナ状況はここ2週間あまり 新規感染者の減少が続いていますが、重症者の数値はそれほど減ってきておらず、ニュースでも首都圏は緊急事態の延長が言われています。今日のブログでは私が感じたノルウェーとの違いなど 少しご紹介したいと思います。

 

電車内では座席のソーシャルディスタンスがない

一時帰国の目的の一つは、ノルウェーでにっちもさっちも行っていなかった 顎関節症の再検査や診断がありました。東京都内には顎関節外来がある病院が複数あり、診察のため都内に3度ほど行ってきました。予約もラッシュ時を避け、割と空いている時間の移動だったのですが…。

まず、ちょっとびっくりだったのが私鉄・JR共に座席のソーシャルディスタンスが取られていないこと。これは、通勤・通学人口が多いので仕方ないのかもしれませんが ノルウェーで去年見られたような座席の「バッテン印」(座れませんの意味)は全くなく、皆さん普通に詰めて座られていました。もしかしたら、ディスタンスが取れないことや これが「普通化」しているせいもあるのでしょうね。しかし、ディスタンスが取れない…というのは政府による「リモートワークのお願いベース」にも原因があるのでしょう。公務員が多いノルウェーでは、市の事業所などは強制的にでもリモートに変更できるという利点があります。*1

 

駅構内でも…

空いている電車に乗って、座らずに距離をとることで ソーシャルディスタンスは確保していましたが、ホームでもやはり人が多く 混雑していました。私は時間をたっぷり取っていたので、人の流れが通り過ぎるのを待って移動も可能でしたが、やはりお仕事などで利用されている方々にはそれはいつも難しいだろう…と、思ったものです。それから、通常ならホームから上るエスカレーターなども「前の方に続いて」だったのですが、コロナ禍では「前の方と間隔をあけて」というアナウンスになっていました。ところが、見ているとやはりそうはなっていないのです。これも、「慣れ」というか、これが普通だからなのでしょうね。私などはたいがい最低でも1メートルは離れて移動していましたが、そうするとエスカレーターの列がおのずと長くなってしまう。この辺も後ろの方などはヤキモキされていたかもしれませんね。

 

PCR検査も簡単に受けられない

これは市町村により異なるかもしれませんが、実家のある市ではコロナ対応電話が24時間開いています。そこでコロナの疑いがあった場合どうすればいいかを聞けるのですが、まず近くのクリニックに連絡を取り、そこで予約を取って 検査するかしないかは医師の判断になるというのです。のどが痛かったので念のために聞いてみたのですが、平熱だと発熱外来となっているため、おそらくPCRは受けさせてもらえないと言われました。名前を教えてもらったクリニックのホームページを見ると、完全予約制とのこと。これで本当に高熱があってコロナ疑いがある方々は空いているクリニックがあるまで延々と電話をかけ続けなければいけないのでしょうね。はっきり言って、大変です。ノルウェーでの私の自治体ではPCRを自分の判断で予約することができ、それもウェブ予約です。7月にのど風邪が長引いたときも、次の日の午前中には予約でき、あとは行くだけでした。(結果は陰性でした)実はこの自治体でも一年ほど前まではやはり市の相談電話に電話をして 症状からPCRを受けられるかどうか 判断されたのですが、コロナの蔓延にともない このような簡単にPCRが受けられるシステムが構築されたようです。日本ではPCR検査が足りないと随分以前から言われていましたが、自分の判断や希望で簡単に受けられないのも一つあるのではないでしょうか。それはもしかすると文化的な背景もあるのかもしれません。ノルウェーは割と「各自の判断」が重視されている背景があると思います。

 

本当に緊急事態だという雰囲気ではない

1年7か月ぶりの里帰りで、本来なら友人や知人、親戚などにも会いたかったのですが、緊急事態宣言もあり すべてこういった会合はキャンセルしました。メディアで言われているように 世の中の空気的には全く緊張感がなく、私のその決断にも反応はいろいろでした。「せっかく来たのに、そこまでしなくても」というニュアンスもあったかと思います。緊張感がない、というのも個人のせいではなく、はやり国のコロナ政策のせいではないかと思うところが強いです。オスロオスロ近郊でも この春にはスーパー・薬局などを除くすべてのお店・飲食店・娯楽施設が数週間 閉じていました。ロックダウンではなく、外出禁止令も出なかったので、実はそれほど厳しい政策ではなかったものの、町がいつもと違うのを目の当たりにすることが、人々に緊張感を与えるのでないかな、と日本の状況を見て思った次第です。

 

まとめ

私は政治にはそれほどアクティブではない方ですが、今回 日本の第5波では自宅療養中にお亡くなりになる方、または緊急搬送しても入院先が見つからない方など、信じられない事態になっていることで 日本のコロナ政策に大きな疑問を持った一人です。

今はワクチン接種が進んできたので、これから秋ー冬にかけて事態は良くなると期待はしているのですが…。お願いベースでうまく収束させると高をくくっていた政府の考えがあるとしたら、大きな誤解だったのではないでしょうか。

これから感染が下火になることで、海外にお住まいの方々の里帰りもしやすくなることも期待できます。うちも、高齢で持病がある母のところに里帰りというのも どうしたものか、なかなか難しい判断だったのですが、やはり二つの選択肢の中でよりダメージが少ない方で選択するしかなかったと思います。今回は病院の付き添いや トイレ交換など、必要なことができたので、来てよかったと思っています。

引き続きみなさまもご自愛くださいませ。今日もお読みくださり、ありがとうございました!

 

 

*1:去年、まだラップトップが支給されていないころもスマホだけで私たちはリモートワークになっていました。もちろん、ラップトップがないので仕事だって十分にできたわけではなかったのですが、それは問題視されませんでした。とにかく、通勤するな、というオスロ市からのお達しでした。

ノルウェーから一時帰国 隔離期間編

みなさま こんにちは。引き続きお元気ですか?今週になってここ関東地方の天気も回復しましたが、また猛暑となり、実はちょっと熱中症気味…。ノルウェーでも7月末に熱中症になったので、今日はクーラーの効いた部屋でおとなしくします…。

隔離は11日目となりました。「やっと」という感じです。ブログは前回、前々回に引き続き一時帰国トピックとなります。私も帰国前は気になっていたのですが、やっぱり隔離期間に何が起こるのか…気になりますよね。 

 

自主隔離期間について

まず、到着後の入国手続きでいろいろな説明をされますが(前回ブログ参照)、こちらの小冊子が渡されます。

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わたされた小冊子。厚生労働省HPからもダウンロードできます。

飛行機の中で渡され、入国時に出した書類のうち、「誓約書」がありますが、これはこの待機期間中のルールを守りますと誓約する内容になっています。これを破るとどうなるか、というのも 表紙ページの一番下にありますが、氏名などを公表されることがあるそうです。外国籍の方の場合はもっと厳しく退去強制の対象になることがある、とのこと。

この14日間は原則自己隔離となり、食料品の買い出し以外は外出不可とのこと。私はこれまでにスーパーに2回買い出しに行って、近くのコンビニにも2回行きました。この他、母のかかりつけ医への付き添いも、かかりつけ医の許可を得て行ってきました。どうしても、私が行って話をすることが必要だったからです。自分にどこか(コロナ以外でも)体の不調が現れた時は自治体の保健所に一応連絡するとも記載されています。私は7月のベリーつみの後、どうも股関節が調子が悪く、昨日は保健所に電話を入れてみました。なるべく期間終了後に受診していただきたい、とのことでしたが、やむを得ない場合は受診機関の了解を得て、行ってもいい…とのこと。今日はとりあえず様子見です。

 

入国者健康確認センター

実際にどうやって帰国者を監視しているかというと、ダウンロードさせられたアプリのMy SOSが、連絡ツールとなっています。

 

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My SOS

写真左から、通常画面と各種メニュー。真ん中がコンピュータが掛けてくる通話の通知画面。この通知の後、数分で通話が来ます。画面には自分と背景が30秒映るよう指示されます。これは最初は午後の遅めの時間(18時とか)に来ていたのですが、最近は午前中だったり、日に2回の時もあり。最後、右側は大体毎日11時ころ来る通知で、メニューにある「健康状態報告」で質問に答えます。質問その1は本人と同居の家族の中で37、5度以上の熱があり、体調不良の人はいないか。質問その2は息苦しさや倦怠感などの症状はないか…です。写真は在りませんが、この他に 今の位置情報を登録するよう促される通知もあります。この時はメニュー画面の一番左ボタンを押します。

いつもマナーモードを解除するよう指示されたのですが、私の場合マナーモードではなくても どこか他の場所で充電していて通知が聞こえなかったりで ビデオ通話通知を受け取っていたのが30分前だったり、同じく現在地報告も1時間以上遅れてしたり、と結構いつも即座に対応できていたわけではなかったのですが、それでもセンターからお叱りの電話をもらったことはありません。

噂には聞いていたのですが、コンピュータではなくセンターの方からの通話も一度ありました。その場合、私だけが画面が映っていて、あちらの画面はなしでした。通話の内容は何も変わったことがないかと、これからも隔離よろしくお願いします、とのこと。

とにかく、位置情報はいつもオンにしていなければならず、Bluetooth もオン(厚生労働省接触アプリのため)なので、バッテリーの減り方がとにかく早いです。

 

これまで実家でしていること(個人的な例ですが)

さて、14日間も何をすればいいのか… ちょっと途方に暮れる方もいれば、これまで読みたかった本が読んだりできる…と嬉しくなる方もいるのではないでしょうか。私はもともと高齢の母の家事手伝いのつもりで来ていたので、14日間の過ごし方はそれほど戸惑った方ではないかな、と思います。

母が住んでいるのはマンションですが、通常は一緒に来ている夫が母の要望に応え DIYでいろいろ作ったり、棚を吊ったり、台所やお風呂場の大掃除などをしてきました。私も今回はまず各部屋にあるエアコンのフィルター掃除から。それから、お風呂場やトイレの換気扇のフィルターの交換など。母はこういったことは昔からできませんので、私たちが毎回やっています。1年7か月交換されていなかったフィルターには数ミリのほこりが…。😂

 

突然トイレ交換!

実はこの後、サプライズがありました…それはトイレ。以前より床が湿っていたりしていましたが、この時は結露が原因であろうと診断。湿っている個所がトイレの貯水タンクや給水管の真下だったからです。湿り具合も温泉タオルを敷けば大丈夫というところ。ところが、今回は湿り方が尋常ではありません。温泉タオルどころか大きな分厚いスポーツタオルでもすぐに重くなります。場所もタンクなどの下ではなく、トイレ便器の横。湿る場所はトイレ向かって右だったり、左だったり。実家に来て2日目くらいの夜、時差ボケのため眠れずにトイレ床を観察していました。タオルを敷かずにしばらくして見ると、なんとトイレ便器と床の間に小さな水たまりができています。ああ、これで 結露ではなく水漏れが確定しました。

次の日より、ネットで検索して水道屋さんに来てもらい、修理や交換の見積もりをいただきました。一軒目の水道屋さんは、「ウォッシュレットからの水漏れ」という診断。ただ、見積もりも私が頼まなければ口頭のみで終わっていたくらいの、ちょっと不親切な業者さんでした。ウォッシュレットもトイレもマンション新築時のおよそ20年前のものです。ウォッシュレットは水漏れしているので絶対に交換が必要でしたが、トイレも古く、ひび割れもあるので、思い切って交換に決定。それから、床の材質(クッションフロア)もついでに交換での見積もりをいただきました。さて、数社から見積もりいただいた方が良いと判断して、二軒目。こちらの業者さんはアイパッドとプリンターを持っていて、見積もりもプロっぽい感じです。やはり水漏れの原因はウォッシュレットとのこと。金額は最初の業者よりちょっと高めで、そう伝えたところ、こういった点検ですぐに来てくれる業者さんはどこもネットよりは高い相場…とのこと。ただ、こちらの方は有料でしたが水漏れを止める作業をしてくれました。(最初の業者は、「自分で止められますよ」と言って帰っていったので、やっぱり不親切。)うーん、値段さえ良ければこの業者さんが良かったのですが。兄と弟を含め話し合ったところ、もうちょっとネットで見積もりをもらってみることになりました。同じ機種のトイレでも値段にかなり開きがあるのです。日本のトイレ交換業者事情も何も分からない私ですが、とりあえず時間はあるので手続きも一人でやることにしました。

この間、実はノルウェーでお留守番の夫にも毎日相談していて、床の状態を確認するために敷いてあった床材を自分で剝がし、床の状態を見ることに…。剥がしてみると、やっぱりいつも湿っていた床の下の木材が一部腐っていました。が、乾かしてみることで何とか交換せずに行けるかもしれない、という夫の提案で、腐ってぼろぼろの部分のみを除去して、三日三晩扇風機をあてました。結果的にこれは正解でした。と、いうのも、ネットで見積もるような格安業者さんの中には床の状態にちょっとでも問題があると工事を引き受けないところもあったのです。結局、トイレ便器下の床は便器を撤去しないと確認できないものの、周りの木材の状態から おそらく大丈夫だろうと判断。最終的に頼んだ業者さんも多少の床のでこぼこは料金内で修復可能な方を選びました。トイレ交換は隔離期間が明けた日に来る予定。どうなるか、わくわく・どきどきです。

ちなみに、水漏れに絡んで保険会社にも連絡を取りました。母が入っている火災保険では水漏れの原因により保険が適用・そうでないかが分かれるとのころ。今回は給水管ではなく、ウォッシュレットが原因でしたので こちらはぺけとなりました。やはり、ノルウェーの保険事情とは違うな、と感じました*1まあ、日本にも原因は関係なく被害が生じたところで適用になる保険ももちろんあるかとは思いますが。

 

隔離期間ルーティン

その他、私個人のですがルーティンを紹介しますと、ネットでやっているチャット相談のボランティア、ブログ更新…など。ノルウェーにいる夫とも時間をだいたい決めておいて毎日話しています。あとは、主目的だった母の手伝い。うちの中のこともありますが、他には主治医の先生と話して 専門医への紹介状の依頼だったり、病院とのやり取りだったり。電話やネットでできることはこの期間に進んでやろうと計画していました。必要品の購入もネットでできるので、できることはいろいろありますね。食事は朝・昼は母と時間帯が違うので別々ですが、夕飯を一緒に作ったり、一緒に食べたり。うちの中でマスクは調理の時や食事以外はなるべくつけています。やはり、これまで長い間一人でステイ・ホームをしていた母が喜んでくれるのがなによりです。

 

今日のまとめ

帰国前・初めはどうなるかと思った14日間。あと残すところ3日となりました。まだ日本政府の今後の緩和政策がどうなるか見当もつきませんが、いつもいつも長い休暇はとれませんので、次の帰国は隔離期間プラス数日くらいで来なければいけないかもしれません。ただ、思ったのは外には自由に出られませんが、スーパーには行けますし、そこで必需品もそろえられます。買い物ができないノルウェーの隔離ルールと比べると*2、日本の隔離ルールはみんなが一応生活できる程度になっているかな、と思いました。ただ、うちは徒歩で行ける場所が複数あるのでいいのですが、これがバスなどを使わないといけない場所では、ほとんどアウトですね。(その場合、自転車やバイク、自家用車はOKだと思いますが。)そんなわけで、隔離はないに越したことはないですが、この期間でもいろいろできましたので、次回短い休暇となっても やはり来ることに意味はあると思っています。

 

このブログで一時帰国ができるかもしれない、と思われた方がいるのではないでしょうか。そうですね、判断の仕方はいろいろあると思いますが コロナ禍がいつ収束するかわからないご時世ですので、実家に高齢の親御さんがいらっしゃる場合は様子を見に来るというのが不要不急ではない…という判断もできるかもしれませんね。今日は最後までお読みくださり、ありがとうございました!

 

 

 

 

*1:通常、住まいの中の損害は「Innboforsikring」(Innboとは建物内の設備や所有物など。)で適用となるのです。持ち家でも賃貸でも一般的にみんなが掛けた方がいい保険です。

*2:ノルウェーの場合、フルでワクチンを受けている・いないでかなりルールは変わってきます。隔離・待機の種類もいろいろありますが、身近の人の感染の場合で未ワクチンだった場合の隔離は買い物で外に出られません。ただ、不思議なことに散歩は可能。以下、「待機の家」、FHIがわかりやすく図にしたポスターのリンクです。

http://file:///C:/Users/mayju/OneDrive/Skrivebord/2021-05-03-karantenehus.pdf

ノルウェーから一時帰国 日本入国編

みなさまこんにちは。お代わりありませんか?東京を含め、日本全国 ますますコロナ状況が悪化していますね。私は今日で隔離7日目。ちょうど半分まで来ました。以前オスロで半ロックダウンのような状況を経験していますから、「日本もやればいいのに」と思っているのですが。自分は隔離中ですので、怖いという気持ちはありませんが、これで出勤して満員電車や人の多い駅を通らなければならない方々はさぞ 不安だろうな…と、お察しします。

さて、前回に続き 今日も一時帰国についてのブログです。ノルウェー出発から経由地ヘルシンキや、羽田空港での検疫について綴ってみたいと思います。(長文注意です!)

 

オスロ(OSL)-ヘルシンキ(HEL)

あらかじめ、空港のHP*1で情報を確認すると、チェックインに時間がかかるのでいつもよりも時間の余裕をもって…とありました。夫に車で送ってもらい、チェックインカウンターの前にならんだのは、午前9時。初めのヘルシンキへのフライトの3時間も前です。私の他には女性が一人。次々にその列に並ぶ人が来たのですが、せいぜい15組くらいでしょうか。結局、すごく典型的ですが、カウンターが開いたのは通常通りの2時間前。

さて、すぐ後ろで並んでいるノルウェー人の家族連れの話が聞こえ、彼らも日本に行くのを耳にしました。なんでもノルウェー大使館関係の方で、ディプロマットパスポートを持っているとか。私の前の女性が呼ばれ、見ていると複数の書類を見せ、15分ほどかかっていました。私の番が来てカウンターに行ったところ、なんとマニュアルらしきものを見ながら、すっごくわかってなさそうな雰囲気でした。「しょっちゅう変更になっているのでね…ちょっと待ってね。」と言いながら、マニュアルをパラパラめくっています。そのうち大使館の家族連れが隣のカウンターに来たので、すかさず「あのお、となりの人たちも日本行きですよ」と教えてあげました。そこで、二人の職員さんがあれこれと相談しながら、なんとかチェックイン(本当はオンラインチェックイン済みだったので、荷物のみ)終了。

ヘルシンキまでのフライトはこれまで乗ったことがないくらい小さなプロペラ機。飛行機が苦手な私ですが、もうこれに乗るしかしょうがない…とあきらめました。当然、無事に着いたのですが。小さな機体のせいか、いつもより長く時間がかかって、約1時間50分のフライトでした。途中乱気流もなく。まずは、ほっと一息。

 

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プロペラ機…。68人乗り。

 

ヘルシンキ・ヴァンター空港

さて、機体を降り早速パスポート・コントロールへ。いつも思うのですが、本当にこのパス・コントロールってインフォメーションもわかりにくく、そして審査の方々もイカツイ感じで、ちょっとストレスな場所です。案の定、今回は自動通り抜けの機械が停止で長蛇の列になっていました。最初、間違った列に並んでいたのですが、乗り換え時間は2時間あったので、焦らず良かった…。ただ、日本行きの飛行機って、空港の拡張後は遠くの方になってしまったんですよね。居心地はいいスペースではあるのですが。タックスフリーも、他のブログなどで拝見していた通り、半分以上は閉まっていました。

出発三日前にJAL現地事務所さんからメールが来ていて、搭乗口で入国書類の確認があるとのこと。これも他で聞いていた話です。前回ブログでもお話しましたが、一番左右するのが、陰性証明書。これは文章の表現などの違いで、入国拒否となられた方もいたことから、JALさんでも日本政府のフォーマットを使うように、あらかじめ勧められていました。私の書類は、大丈夫でした。準備の時に時間と労力を使ったのが報われました。陰性証明書の他にも自分でネットリンクに行って記入する「問診表」というのがあり、記入後に来るQRコードもチェックされたかと思います。それから、接触確認アプリと、My SOS という入国者健康確認センターとのやり取りに使うアプリのダウンロードも確認されました。

 

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JAL搭乗口手前にあった、クリスマスコテージ。おしゃれな空間です。

 

ヘルシンキ(HEL)-羽田(HND)

なんだか、JALの飛行機を見てはずかしながら、一瞬「うるっ」っと来た私。そうですよね、自分の国に行くのも1年7か月振りですからね。実は出発1週間くらい前に航空券を購入したフィンエアーのオフィシャルサイトで同じ航空券がどのくらいの値段か調べたのですが、この時点でエコノミーはなく(プレミアムエコノミーのみ)、しかも成田行きのフィンエアー運航フライトも増便で出ていたので、てっきり満席なものだと思っていました。ところが、機内に入るとCA さんが一人ずつ挨拶に来てくれ、「今日は御覧の通り、10名様のみです」ですって!!はあ、席の移動も自由だったので、もともと取った2人掛けのところと、寝るために移動した4人掛けの6席も使わせていただきましたよ。席では入国時に必要な書類をまた3つほどいただき、早速記入。誓約書、健康カードと税関の書類でした。食事も個々に持ってきていただき、なんとも良いサービス。トイレも10人だったので、きれいでした。

フライトは台風10号の影響で当初揺れると言われていたのですが、全然大丈夫でした。(この時期の移動はちょっと緊張する私です。)機体を降りる際も、パーサーのような長の方がわざわざ個人的にご挨拶くださり、「ノルウェーじゃ、ありえねー」と一人で感動しておりました。

 

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もおすぐ日本!

 

いよいよ入国手続き

フライトでは、1-2時間眠れたでしょうか。でも、こんな大事な場面では、人間目がさめるものですね。以前読んだ情報どおり、まるでオリエンテーリングのように いくつものチェックポイントに送られます。まず、航空会社の方が全員を第一関門に導きます。ここではまず、例の陰性証明書を提出。やはり、出国前の72時間というのを念入りにチェックされていました。でも、無事にクリアー。いやあ、これでもう送り返されることはない…と、安心しました。お次は、健康カードに抗原検査用のシールを張られ、他の書類とアプリのダウンロードをチェックされます。お次は、検査サンプル採取、で一応三方を仕切られたブースに分かれて、唾液を採取。(順番もしかして間違えてるかもしれませんが)この後、アプリの使い方を説明される場所と、問診票のQRコードを提示する場所がありました。この一連のチェックポイントは空港内の使用していないゲートなどを使って作られたもので、通路にはトイレはあるのですが、ほとんどは閉鎖。一番最初にオープンしていたトイレはアプリ説明のポイントだと思います。なので、やっぱり他の皆さんが言われていた「機内でトイレに行っておいた方がいい」は、正解です。チェックポイントの後は、検査結果発表のポイント。ここは自分の検査番号を口頭で読み上げられます。が、大体同じ便で来た方々が呼ばれていたら自分の番もわかります。ここでも、幸い陰性でした。これで、実家に行けることが決定。(陽性な場合は、国の隔離施設に直行だと思います。)よくされた同じ質問は、ヘルシンキでは入国しなかったか、解熱剤などは飲んでいないか、など。

コロナ禍で初めて来る日本ですが、皆さんマスクはしているものの、職員さんの中で皆さんがソーシャルディスタンスをきっちり守っているわけではない、と感じました。特にスマホアプリ説明の方はちょっと近いかなー、と思いました。

 

ハイヤー

さて、一連の入国手続きは陰性カードというピンク色の紙をもらい、パスポートにスタンプをもらい、荷物を引き取って終了。ここでも、私のスーツケースにはJALさんから、手書きの「ありがとうございました」のメッセージが。「ありえない、ありえない…じーん。」結局、すべて終わって出てきたのは午前10時半。飛行機を降りてから約1時間半でした。実はお盆前ということで、もっともっと混雑していると思ったので、ハイヤーは到着時刻の5時間後に予約を入れていたのです。3時間半も待つものなあ、と思い、ダメ元でもいいから運転手さんに聞いてみようと連絡したところ、なんと12時過ぎに空いているので時間変更OKでした。空港から実家までは40キロくらいの道のりでしたが、途中私が住所を間違えてお伝えしていたことが判明。それも嫌な顔をせず、時間変更も追加料金もとられず、親切で良心的な会社でした。お世話になりました。

 

まとめ

本当に緊張の入国手続きでしたが、旅も手続きも無事に済んだこと 感謝です。検査結果発表の前の最後のチェックポイントで、どの程度が「不要不急」に当たらないか伺いました。具体的に、うちの母は高齢で、母に二人分の食料の買い物をさせるのはちょっとかわいそうだ、と伝えたところ 「ああ、そういう人道的な理由でしたら、食料品の買い物は大丈夫です」との返事でした。ただ、ノルウェーで人道的な理由に値する「健康維持のための散歩」は、不可とのこと。まあ、仕方ないですね。あと7日間、頑張りたいと思います。では、今日もここまでお読みいただき、ありがとうございました!

 

*1:https://avinor.no/en/airport/oslo-airpor, 英語バージョンです

ノルウェーから一時帰国 準備編

こんにちは。みなさま、お変わりありませんか?私の方は、というと念願の一時帰国を決行し、4日前に日本の実家に到着しました。前回から1年と7か月ぶりです。実家は関東ですが、いやあ、この暑さは尋常ではない感じですね。到着翌日から14日間は隔離のためいやでもうちの中ですので、とりあえずクーラーの効いた部屋でこれを書いています。今日のブログは、ここ数か月をかけて準備してきたことをご紹介する「準備編」として綴っていこうかと思っています。

 

なぜ今の時期に?

まず初めに、一時帰国の背景から。そうですよね、「なんでまた今の時期に」と思われる方がいてもおかしくないと思います。うちの実家には80歳手前の体の弱い母がおり、最近目に見えて老化が進んでいることから、以前より年に2回の帰国が必要なのではないか、と思っていました。とはいえ、本人はいたって自分はまだ大丈夫と思っており、まあ一人でもなんとか暮らしていけてはいますが、日常のルーティン以外はヘルプが必要です。(この辺もおいおいお伝えしたいと思います。)前回の帰国直後にコロナが発生し、予定していた秋の帰国も見送ることとなりました。今年に入り、夏の前に母も私もワクチンを受けられて事で一気に「行けるかも」と、期待が膨らみました。ただ、そのころは日本の入国事情などは全く分かっておらず、情報を仕入れることからスタートです。

 

日本のコロナ水際対策

みなさまもオリンピック関連のニュースで水際対策の話を聞かれたことがあるかと思います。去年の3月から基本的には国境は封鎖され、外国からの入国はビザが必要となっています。うちのノルウェー人の夫は結婚前から一緒に一時帰国していたのですが、今回はビザの壁に阻まれ、断念。日本国籍である私も入国手続きとして、陰性証明書(出国前の72時間以内のもの)やアプリのダウンロードなどなど。ここでご紹介するのはあまりに量が多いので、準備の際フォローしていたチャンネルを貼り付けます。

 

www.youtube.com

このチャンネルでは視聴者さんからの情報、体験談も含め、ダイスケさんという方が詳しい解説をしてくれています。これによると、検査機関からもらう陰性証明では入国拒否のケースがあるということ。(この情報は出発直前に来たヘルシンキ空港内JALオフィスさんからのメールとも一致しています。)それは、日本政府が証明内容の表記や表現にもとても細かい事もあるからで、原則的に日本政府指定のフォーマットの使用となっています。

それから、「変異株蔓延国」という指定もあり、これに該当すると到着後3日間の強制隔離となります。旅行準備期間もスウェーデンが指定されたり(現在は解除)、そして出発1週間くらい前には経由地のフィンランドも指定されてしまいました。いつ変更があるのかは、外務省から送られてくるメールが頼りだったのですが…。自分でも、外務省のページに行ってチェックしたりと、なかなか気が抜けないものがありました。隔離期間中は一切の公共交通機関の利用は禁止なので、空港からはハイヤーを予約。でも、強制隔離になるかならないかで、実家に移動の日にちも変わってきますよね。それで、やきもきしていたわけです。

 

旅の手配

職場では通常5月1日までに夏の休暇予定を作成するのですが、マックスで休暇を取りたかった私は他が休暇を取り終えた後の期間を狙い、それでこの時期になったのです。実際に航空券を購入したのは6月の末。いつも使っているヘルシンキフィンランド)乗り換えです。日程を決める際に考えたのが陰性証明書を出してもらうための72時間前の検査。結局、フライトも毎日は運航していないこともあり、一番速くて高い検査を受けることを決めました。航空券の方は、JAL便がいつもと同じくらいの値段であったので、こちらをゲット。やっぱり、同じくらいお金を払うなら、フィンエアーは乗りたくないのが本音です。(まあ、この辺は好き好きなので…)

それから、空港からのハイヤーも同じころに手配。うちは東京23区外なので、関東と言ってもかなり割高です。でも、他社よりも5千円ほど安い会社を見つけ、こちらで予約しました。*1

 

陰性証明に記入してくれるクリニック

ノルウェーではこういった旅行用のPCRにせよ、通常の無料のPCRにせよ、結果は医療機関公サイトのHelsenorgeに登録されます。本来はこの結果だけで良いと思うのですが、そこが簡単ではない日本の役所。旅行用PCRはみな有料となっており、結果が5時間以内に出る速いPCRや、クリニック独自の陰性証明書はオプションの割り増し料金となっています。日本の陰性証明書フォーマットは手書きでなければならず、そこに医者のサインとクリニックのスタンプまで押してくれるところ…を探すのがちょっとした仕事でした。と、いうのも、多くのクリニックが電話対応はなく、チャットやメールだったのです。しかも、日本のフォーマットを実際に送ってできるかどうかを説明したので手間はかかりました。それから、PCR検査と一口に言っても検査検体をどこから取るかなどで 一つ間違えると入国できないというケースもあり、これもいちいち確認です。

結局、FaceBookのグループ、「Sub Japan」で経験者の方の情報を募り、知り合いから勧められたクリニックで検査を受け、陰性証明書も記入してもらえ、無事に入国できました。

私の航空券はフィンエアーの公式サイトから購入したのですが、こちらで購入の場合は48時間以内の変更が無料だったのです。夏の間ずっと働いていて、しかもノルウェーでも変異株が徐々に増えていた時だったので、「万が一陽性」の場合に備え 検査を72時間を切った時点で早めに受けました。直前で陽性が出たら、航空券の変更も有料になってしまいますもんね。

 

準備完了…

さて、検査を受けたその夜にもう陰性の通知が来ました。この時点で日本に行けることが決定。次の日に記入してもらっている陰性証明書を受け取りに。この日は職場では私の誕生日ランチをチームリーダーが開いてくれ、ちょっとほっこりするエピソード。花束までもらってしまいました。いつもはかなりくせのあるチームリーダーも、いいとこあるじゃん…ですかね。同僚などにも「日本でいい休暇をねー」と送り出されました。

 

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いつも通っているオスロのTorggataの風景もしばらく見納めです。ノルウェーでは9月13日の国政選挙を控え、政治家のポスターなども張られていました。

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Torggata

出発前日。今回同行できない夫はしょんぼり。私もしょんぼり。日本人の伴侶を証明する戸籍謄本があればビザも申請できたのですが、その謄本も3か月以内のものが求められています。今回は私一人で行って、謄本を役所で取ってきて次回に備えるという目論見です。しかし、こうして日本に来て思いますが、母がいるのでうちのなかでもソーシャルディスタンス、マスク着用だし、14日間も缶詰なのはやっぱりしんどいです。そこにノルウェー人の夫が居たら、やっぱりしんどくってストレス溜まってしまいそうでした。次回一時帰国の際にはワクチンパスポートの提示で14日間が短くなるとか、など もうちょっと緩和してくれることを期待します。

さて、無事にこちらについたわけですが、次回ブログでは実際の移動や検疫で体験したことを綴ってみたいと思います。今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 

 

 

*1:AS国際ハイヤー  料金がネットで見られて、その通りの金額を払ったのでとても良心的だと思いました。次回、もし必要ならまたこちらにします。

❤結婚10周年❤ その3.私たちの選択・コミュニケーション編

みなさまこんばんは。世界的にデルタ株でコロナ感染が増加していますね。ここ、ノルウェーも、週ごとに50%とか100%の増加傾向です。今日のニュースでは首都圏よりも西ノルウェーでの増加値が高いとのこと。こちらは若い子たちのワクチン接種が夏休みに入ったころ(6月下旬)から始まっており、ワクチン2回目*1の子たちもぼちぼち出てきました。

さて、前回ブログではレアケース(かもしれない)私たちの国際結婚をちょっと取り上げました。今日はもうちょっと掘り下げて、日ごろ気を付けていること、自分たちで決めたコミュニケーションのルールなどをご紹介したいと思います。これらはあくまで、私たちの選択なので、どのカップルにも当てはまるというわけではないと思います。が、「ああ、こんなこともありなんだ」という感じでインスピレーションのようなものになれば良いなあ、と思います。

 

1.カップル・セラピストにならない

私の本業はソーシャルワーカーなのですが、副業でちょこちょことカップル・ファミリーカウンセリングをさせていただいています。この勉強をし始めたのは夫と会うずっと前なのですが、結婚後に修士課程を3年かけて勉強しました。そのころから夫に言われていたのは、「絶対に(自分の)セラピストにならないで」ということ。なんでも、一方がいわゆる「プロのモード」に入ると、夫婦関係がおかしくなる…というのです。確かに。一般的にも、カップルの関係は均衡がいいと言われているので、これはうなずけます。でも、どうしても職業病…ではないですが、セラピー的な質問とかは出てきてしまうこともあり、その時は夫に注意してもらうようにしています。

ただ、自分がセラピストモードに入らずとも、やっぱり喧嘩がエスカレートして来ると、「これ、やばい」と客観的に見えてくるので、そんな時はストップをかけたり…。誰でも腹立つときは、腹は立ちますし、身近な人だと余計怒りが大きいこともありますよね。ただ、怒りに任せて言ってはいけない事・してはいけないことに及ばないよう、喧嘩の時もちょっと冷静に距離を置いて見れるトレーニングをしています。(じゃないと、せっかくした勉強も無駄っぽくて悲しいものがありますよね。)でも、私が提案すること(例えば仲直りの仕方など)は、一般的に正しい事、というより、できるだけ自分の意見として伝えるよう気を付けています。でないと、一つのやり方を「これが正しいんだ」と相手に押し付けるようになってしまいますよね。

実はファミリーセラピーを学んでいた時も、クラスの中や先生陣で離婚される方が複数いて、「この科目を取ると離婚の危機が訪れる」というジンクスまであるのです。それが、たまたまなのか、何か典型的な要因があるかはわかりません。ただ、言えるのはこのコースではかなり自分自身の価値観・人格・歴史などを掘り下げていくので、もしも不幸な結婚をしている人がいるとしたらおのずと疑問符を投げかけてしまう…可能性大でしょうか。

 

2.正直さとオープンさ

幸いなことに、うちの夫も私も うそや取りつくりが苦手というのが一致しています。素のまま、ありのままが一番だ、という価値観が同じなのです。もちろん、時と場所は気にしますが、ほとんどいつも、と言っていいほど自分の「今一番伝えたい・言いたいこと」を伝えられるメンタルの環境にあります。例えば、相手のさっきの態度で「なんだろう、気になるな」と思っていたら、すぐにそれを口に出しても大丈夫。「ごめん、今聞きたくない」というのはお互いにほとんどありません。

ボランティアでしているチャットカウンセリングでも これまで夫婦・カップルの関係のご相談がありました。悩んでおられる内容は異なりますが、一貫して思ったのが「あれ、あんまりオープンに会話されてないんだな」ということ。自分の思っていることをなかなか言えなくて、相手がわからないという印象です。もちろん、その人の人格や価値観もあるので オープンがいつでも、どこでも良いとは限らないと思いますが、カップルの二人が少なくともお互いのコミュニケーションのスタイルを理解・了承していることが大事ではないかな…と思います。

それから、自分のしてほしいこと・望んでいることをはっきり言う…のも、自分ではかなり大事なポイントかな、と思っています。日本では「以心伝心」という概念がありますが、こちらではそれが全く通用しません。ましてや、女性・男性の違いもあるので、やっぱり希望ははっきり(言いすぎなくらい)言わないと、なかなか分かってもらえない気がします。

 

3.愛のを伝える5つの方法…を気に掛ける

かなり以前のブログ*2でお伝えした、「人は何をもって愛されていると感じるか」(by ゲイリー・チャップマン)ですが、私もこのセオリーに出会ってから かなりうなずくことがおおく、夫との生活でもできるだけ実行に移しています。例えば、男性の多くが「スキンシップ」を愛を感じる方法として挙げており、夫もこれに当てはまります。欧米は一般的にスキンシップ・ハグのカルチャーで、彼の育った環境もご多分にもれず。スキンシップを大切にしているご家庭も日本ではあるかもしれませんが、私個人はいたってスキンシップのあまりない家庭環境だったので、こちらのあいさつのハグなども、初めは戸惑いました…と、いうか「頑張らないとできない」ことではありました。夫は夫で、私の愛を感じる方法であろう「お手伝い・私のためにしてくれること」を嫌がらずにやってくれているのでとても感謝しています。

 

4.「ありがとう」と「ごめん」

夫は「ありがとう」を言うのはとても得意だと思うのですが、なぜか「ごめん」があまり得意ではありません。(一説には、日本のようにどこの国にも侵略されなかった国民は謝罪するのが苦痛ではない…とか。日本人が稀なんでしょうか。うーん、どこで読んだか全然覚えていないのですが。)でも、私にとって「ごめん」はかなり大事なこと。そして、何をもってごめんと聞こえるか 全然違うのも、やっかいです。先述のチャップマンさん共著の謝り方についての本*3も二人で読んでみたりしたのですが、こちらはこれからも改善課題ですかね…。

 

5.二人で祈る

私たちはクリスチャンの出会いサイトで会ったわけですが、当初夫は「誰かと祈る」という習慣がありませんでした。そこで、食事の前でもいい、短くても一緒に祈ることを習慣づけることを私が提案したのですが、快く引き受けてくれました。この「祈り」はクリスチャンにとっては大切なこと、神様とのコミュニケーションだと感じています。

 

 

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今年結婚10周年ということで、個人的なことをテーマに先月から綴って来ました。具体的なことをお話することで、もしかしたら誰かのインスピレーションにならせていただけるかも…と思った次第です。

もっと長く結婚生活をされている方からしたら、「まだ10年」かもしれません。まだまだ喧嘩もありますし、お互いのことをよく知っていく必要があると言えますねー。でも、見ず知らずの赤の他人だった私たち二人が出会って、こうして寝食を共にしていること自体、本当に不思議です。

夫も私も晩婚だったのですが、それまでの人生のいろいろな経験が教訓になっているのかもしれません。夫も私も早く結婚されて、離婚されている方を複数知っていますし、自分たちなりに、何が結婚生活において必要かをよく考えて、覚悟して結婚に至っていると思います。結婚とは、「ゴール」ではなく「出発」。そして、夫婦関係は毎日ちいさなことの努力の積み重ねで成り立っている…というのも、お互いで一致している考えです。

 

皆様はどう感じられましたでしょうか。先にも書いたとおり、夫婦関係っていろいろな要素が複雑に絡んでいるので、簡単な答えがないように思います。また、人間関係・コミュニケーション・家族関係については繰り返し取り上げると思います。ここまでお読みくださり、ありがとうございました!それでは、お元気で。

 

❤結婚10周年❤ その2.国際結婚のカタチ

みなさまこんばんは。気が付けば、7月ももう後半。今日(まだ21日)は前述の「22.juli」から10年を明日に控え、追悼イベントなどが始まっています。コロナの方は、デルタ株が主流となり油断ができない事態なのですが、若い子たちのワクチン接種も始まっていることから 感染者はそれほど増えていない状況です。日本のメディアで見るのと、こちらの私のクライアントの子たちからの話を比べると、こっちの若い子たちの方がワクチンを抵抗なく受けている印象です。

さて、今日は私たち夫婦の結婚10周年記念企画の第二弾…ということで、私たちが出会ったころからの夫婦関係を国際結婚という視点でつづってみたいと思っています。

 

日本とは関係のないノルウェー人とインテグレート外人の出会い

さて、一年前のブログ*1 でもお話したとうり、主人と出会う前の私はノルウェーにすでに15年ほど住み、正規の公務員、車や自分のマンションを持ち、ボランティアなどでも2・3の団体にかかわっていました。自他ともに、ノルウェー社会にとってもインテグレート*2していましたし、一人で十分やっていけたのです。ところが、最初の独立目標が実現を果たすと、なぜか一人で自分のすべての時間・お金・労力を使うことがさみしく感じられるようになったのです。「ここに生活を共にする伴侶がいたらなあ…」という希望です。そんなこんなで始めたネットデーティング。いわゆる「出会い系サイト」なのですが…。

ネットを通した婚活では、多くの方々とお会いしました。しかし、大半の方々が私の「日本人」というバックグランドに注目してしまい、会話の話題も私個人とは関係のない「日本はああだこうだ、日本人はああだこうだ」ばかり。なかなか「私」という個人と向き合ってくれる方はいなかった気がします。(それか、そこまで行きつかない)ところが、うちの主人は、なぜか日本に関する質問は初めからしなかったので、それが一番印象に残りました。彼は生まれも育ちも(当時)人口数千人という、ノルウェーでは典型的な町出身。みんながみんなのことを知っていて、いろいろな情報が人から人へとかなりの速さで広まるという…。お勉強が苦手な彼は大学などはいかず、手に職系の職業を選んだので、英語もあまり得意ではありません。日本は船乗りだったお父さんが昔行ったこともあり、行ってみたい国の一つだったらしいのですが、それ以外は全く日本との接点なし。

国際結婚される方々の出会いのカタチ・きっかけは様々だと思います。私のノルウェー生活でお会いした方々も、ご主人(または奥様)と出会った時点ではノルウェーには住んでいなかった方や数年住んでいた後で知り合った方、と様々です。が、私のようにかなり長い時間住んでいた後で国際結婚される方はあまり聞いたことがありません。そんな意味では、もしかしたらレア・ケースと言えるのかなあ…と思うところですが…どうでしょうか。

ちなみに、ですが。お会いした方々の中で一番多いのではないか、と思ったのがどこか第三国で留学中などに知り合われたカップルでしょうか。日本人伴侶さんも留学されるくらいですから、英語もでき、ノルウェー人伴侶さんの方も国際的な方…という方々ですね。それから、日本人伴侶さんがノルウェー滞在中の数年のうちに出会ったカップル。留学、または最近はワーホリ中…という感じですかね。同じレア・ケースで、ネットを通して知り合われ、遠距離恋愛の末にご結婚された方々も何組かお会いしたことがあります。

 

こんなところが強みかもしれない(独断と偏見)

どうして日本に関する質問をしなかったか…と、主人に尋ねると「君が日本人だってあんまり意識しなかったんだよね。」との答え。「君っていう人がどんな人かってことが一番興味があった」らしいです。うーん、そうか。でもそれは、もし私がノルウェー語しゃべれなかったら、そうはなっていなかっただろうと予想はつくのですが。

私が独断と偏見で私たちの関係の強みかな、と思うところは かなり私が外人扱いされないということかもしれません。もちろん、食べ物で言えば、彼のソウル・フードはジャガイモとサーモンの夕食。そして私のソウル・フードはラーメン(もちろん、ソウル・フードは個人差あり)麺類が続いた日は「また麵なの?」と苦情もあります。主人いわく、私が一番日本人だと感じたのは 日本に行ったときにかなり変わる私の態度や立ち振る舞い…だそうです。それ以外、こちらに住んでいる限りはあまり私が日本人だと意識することはないらしい…。

強みの二つ目は、お互いの関係のバランスがかなり取れている気がします。私は日本国籍なので2年に一度「滞在カード」を申請しなければなりませんが、外人だからと言って、職場の待遇が不利ということもなく、とりあえずノルウェー人一般人が持っている権利は保証されています。*3 うちの中でも、特に不利なこともなく、二人とも出費を半々でシェアできていることから、夫に援助してもらわないとできないことも 特にありません。

最後の強みはやっぱり自分が出会う前にいただいたノルウェー生活の経験でしょうか。他の方から聞いたことがあるのは、ノルウェー人伴侶さんや、そのご家族の価値観や習わしなどがそのまま「ノルウェーはこうだから、こうするのが普通だ」と言われてしまうこと。私はノルウェー全土に住んだ経験はありませんが、とりあえず何がノルウェー一般的なことか、何が個々の家庭にある習わしなのか 判断はつきます。つまり、「こうするのがノルウェーだ」と言われても、「いや、それは違う。あなたの家だからよ」と言い返せるのです。(まあ、別に言い返せても返せなくても、どちらでもいいような気もするのですがね。)おそらく、自分自身の経験がある種の自信のようなものとなって 私の「インテグレート外人」としてのアイデンティティーを支えてくれているのかもしれません。

 

でもやっぱり主人にとっては新たな体験

私たちはお互いに晩婚で初婚だったので、結婚生活自体もまったく新しい体験でした。主人は民間の会社、私は公の機関の職員なので、お互いに職場の待遇も違いがあり、そんなことも彼にとっては新鮮だったかもしれません。結婚当時、オスロでも最大の総合福祉事務所に勤めていたので、仕事量の多さなどは彼もびっくりしていました。「いやー、市の職員ってこんなにこき使われているの知らなかった」と、言われたものです。この後、転職活動をするにあたってびっくりされたのは、外国人に対する差別があること。どうも、私の学歴と職歴から「引く手あまた」だと思っていたらしいのです。例えば、名前だけで外国人名は書類を見てもらえないケースも現実にあるということ。これも、彼にとっては新発見だったようです。

普段の生活以外での「新しくって素敵な人生の変化」は、日本の家族ができたこと、と第二の自分の国となった日本での体験と言っています。もちろん、彼が日本に行ったらどこから見てもガイジンだし、日本語だって習得しているわけではありません。ただ、本人はそれでも人とコミュニケーションが取れるし、日本人の考え方も理解できるといいます。温泉も大・大ファンになっています。

 

変化し続ける生活ルーティン

数年前、実家の母が病で倒れたとき以来、実は私のルーティンが大きく変わりました。それは、母の生活にフォローアップできるように それまで全く見ていなかった日本の情報番組を見たり、国民年金介護保険などの情報収集です。どちらかというと、ビジュアル系で情報収集するのが得意な私は、もっぱらYouTubeを使っているのですが、おのずと夕食後のノルウェーニュースチェックの後は日本の番組のアーカイブを見る時間となっています。

本当に昔はどちらかというとノルウェー社会へ溶け込む方に夢中で、日本のメディアも全く興味なかったように思います。が、自分も歳を取りやはり祖国への関心も増しているのかもしれません。そういう意味では、主人ももしかしたら、今の方が私の日本人アイデンティティーをひしひしと感じているかもしれませんね。

 

国際結婚のカタチは本当に様々で、どれが良いとか悪いとかいうことではないですよね。ただ、国際結婚はいろいろなことで葛藤が多いことも知られています。言葉やコミュニケーションが上手くいかない、とか引っ越してみたけど生活はこんなはずではなかった…などなど。そんなことがきっかけで、私の修士論文も国際結婚がテーマだったのです。

今日は私たちのカタチを紹介させていただいたわけですが、いくら私がインテグレートしているとはいえ、問題は起こります。次回は私たちが日ごろから心がけていることなどを書いてみたいと思います。今日もここまでお読みいただき、ありがとうございました!

 

 

*1:"Mine 25 år i Norge" ノルウェー生活25年を振りかえって… その4.オスロのシングルライフ - ハンブルネスのひとりごと

*2:「社会に同化している」「溶け込んでいる」という意味で使っています。

*3:強いて言うと、国政選挙の投票権がないことや、ヨーロッパ内の他の国で医療費がカバーしてもらえる「ヘルスカード」がもらえないことくらいでしょうか。

❤結婚10周年❤ その1.2011年7月のこと…

みなさまこんばんは。引き続きお変わりありませんか?

こちら、北欧ノルウェーの首都圏では コロナ政策の緩和が進み、本当にマスク姿の人も減ってきました。ただ、政府はデルタ株の影響もあり、最終段階の緩和にはまだ踏み切っていません。ヨーロッパの取り決めで、国々が感染状況により色分けされ、「グリーン」の国にはワクチンなしで旅行でき、帰国時にも自宅待機無しということで、たくさんの方々がバカンスに出かけた…とか。ただ、旅行中にその国が「レッド」になった場合は自宅待機は免除にはならないので、まるで「ギャンブル」ようです。

さて、今日のブログは結婚10周年を記念してちょっと書いてみたいと思っています。いわゆる、パーソナルブログですね。10年前の7月ってとっても特別だったこともあり、この時のことを振り返ってみたいと思います。

 

手作り結婚式 ー 私たちの選択

さて、こちらは自分たちで結婚式の企画や手配をするのはいたって普通となっています。多くの方が教会*1に所属していますが、式は新婦の教会で挙げるのが伝統と言っても過言ではありません。首都オスロや他の主要都市では教会に属していないかたも多く、その場合は市庁舎などで行います。と、いうのも、日本と違い「籍を入れる」というのがないので、結婚式には承認となる方(教会の場合は立ち合いの牧師、役所の場合は役所の職員)に結婚証明書を出してもらう必要があるのです。

さて、私たちの選択は、式は当時私が数年間ボランティアをしていたオスロ中心部にある「Trefoldighetskirken」で。その後の披露宴は夫の出身地、Nesodden(ネーソーデン)にある、彼の母教会で。式の方も、牧師は選べなかったのですが、オルガニストに演奏をお願いする曲や、式次第などは自分たちで用意。このデザインも私が自分でやったのですが、今思えばちょっとお葬式っぽいお花を選んでしまったかなあ…と。

 

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Trefoldighetskriken (英語でTrinity Church) - kirken.no より

披露宴は 第一部が家族や親せきのみ参加のちょっと硬めの食事会で、第二部がお友達なども加わったもっと砕けた感じのカフェタイム、というのを企画。食事は自分たちでケータリングサービスを頼み、ウェディングケーキは義母が義姉と一緒に手作りで。他にも知人などにカフェタイム用に手作りケーキをお願いしました。会場の飾りつけも家族や友人に手伝ってもらいながらすべて自分たちでやりました。やはりいろいろ決めることや、手配などでかなり忙しくなり 結婚式の舞台となった教会の飾りつけまでは全く手が回らず、友人が急きょお花を買ってきた…という具合。

そして、式の数日前には私の兄がまず到着。彼は亡き父の代行ということで来てくれたのですが、母と叔父夫婦と別便で来たこともあり、空港までも数往復しなければならず、バタバタと忙しくなっていました。式前日も会場準備や西ノルウェーから来た友人(仲人役)らと打ち合わせを兼ねた食事会などもこなし、本当に目が回るような数日間となりました。

 

結婚式当日…起こってはならないハプニングが!

式当日。朝から実家から来た兄や母の世話でとても忙しく、自分の着替えなどは本当に最後の最後。そして、気が付くと…あれ?お迎えに来る人からの電話がない。お迎えの人は夫の弟の友人。自分のアメ車を出してくれたのですが、夫がメールで説明しておいたスケジュールを全く確認していなかったことが後から判明。私が夫に電話をして、彼に連絡がつくと、なんとマンションの外でずっと待っていたというではないですか。(そしてちょうどうちの窓から見えにくい位置にいた!)式が始まる…25分、いや20分くらい前のことです。教会があるオスロ中心部まで、ギリギリもいいところです。しかも、彼はこの事態(式に遅れる)が分かっておらず、焦っている私に「あのー、どうやって行くんだっけ?」の始末…。ここで、新婦ですが、ぶっちぎれる私。ただ、運転手に切れてもしょうがないので、夫に電話で切れていました。この時、夫はかなりおろおろ。今思えばかわいそうだったな。教会に着いたら一息入れる間もなく(式がもう一つこの後あって、かなり押していたため)顔がまだ引きつっていた私ですが、やむなくバージン・ロードへ。実は式のあいだずっとこの怒りとストレスのせいで体がぶるぶる震えていたのですが、幸いにも参列されていた方々は「かわいそうに、緊張してるんだ」と、思ったらしいです。

式が終わった後も、一生懸命「笑わなきゃ、スマイルしなきゃ」と、自分に言い聞かせていたものの、体は思うように動きませんでした…。そんなこんなで、披露宴でもずっとこわばりっぱなし。やっと気持ちが落ち着いたのが披露宴も終盤に差し掛かった頃でしょうか。やっと余裕ができて、いつもの私に戻っていたと思います。

 

式の翌日から7月22日まで

式の翌日には西ノルウェーから来てくれた友人たち、日本からの家族などを一日オスロ中心部観光へ。またその次の日は一足早く帰国する兄を空港に送りつつ、他の日本からのゲストと一緒に山小屋へ小旅行。夫の両親が私たちを迎えてくれました。ここで数日滞在した後、ベルゲンへ向かう母と叔父たちをまた空港まで。彼らは数日 自分たちでフィヨルド観光したあと、私たちとスタバンガーで合流するという計画でした。ここで昔からお世話になっているMご一家のお宅で数泊させてもらった後、彼らはスタバンガーの空港から日本へ帰っていきました。

そして、夫と私も そこから車で寄り道しながらうちに戻ります。やっと二人きりになり、新婚旅行気分になりました。うちに帰る前日は、先日ブログでご紹介したダーレンのホテルで一息入れた後、同じテレマルクで開かれていた、大きなクリスチャンの集会*2に参加して、そこで西ノルウェーからの友人たちとも再会の予定でした。その前に民宿にチェックインすると、TVではオスロで政府の建物が爆発されたというニュースが。続いて数時間後にはオスロから北に行ったある島での銃撃事件のニュースも入ってきました。その場にいた人たちもちょっと騒然としていて、夫も家族と連絡を取り、無事を伝えたり、私も職場の同僚に連絡したりしていました。

その後、詳細がわからずに先述の集会へ。やはり、ここにいた人たちも不安でいっぱいな雰囲気でした。そうです、これが後に「22.Juli」(ヒューエアンドレ・ユーリと読みます。)と呼ばれるようになった単独テロ事件*3です。

 

式がまずくても夫婦関係は立ち行く…

私はもともと結婚式などをあまり夢見る女子ではなく、ウェディングドレスなども「ウン十万も使うのがもったいない」と考えていた方。もしパーフェクトな結婚式を望んでいたタイプだったら、式でのハプニングから立ち直れなかったかもしれません。でも、自分の感情をコントロールできずに夫にも嫌な思いをさせてしまったことや、嬉しい・ハッピーな気持ちで満たされるはずの結婚式がこんな思い出ばかりになってしまったことも、悲しくて本当に残念でした。

でも、考えてみたら結婚式は一つの節目の日と言うこと以外、他の日と重要性はあまり変わらない気がします。そういう意味でも、こういう特別な日にこのようなハプニングが起こってしまっても、人生を長い目でみたら「あまりたいしたことない」と言えるかもしれませんね…。

 

思えば、この2011年7月は、本当に怒涛のような日々の連続でした。自分たちの結婚式もありましたが、ノルウェー社会が悲しみに包まれ、大きく揺れた月でした。式を挙げた教会も爆破を受けた建物から実は目と鼻の先だったため、ステンドグラスなどにも爆破の衝撃で多大な被害が出ました。式の日程があと2週間ほど遅かったら完全にアウトになっていたところでした。人生本当に何があるかわかりません。

 

さて、こんな風にスタートを切った私たちの結婚生活ですが、もう少し次の機会にシェアさせていただきたいな、と思っています。今日もここまでお読みくださり、ありがとうございました!

では、みなさまも引き続きご自愛くださいね。

*1:ノルウェー国教会。プロテスタントの一派、ルーテル派なので、幼児洗礼があり、この時に教会メンバーとなります。

*2:Korsvei という団体の集会で、Seljordで開かれていました。

*3:

ノルウェー連続テロ事件 - Wikipedia