ハンブルネスのひとりごと

ノルウェー在住のシステミックカウンセラーのブログです

"Mine 25 år i Norge" ノルウェー生活25年を振りかえって…その1.貧乏留学生時代(前) 

みなさまこんばんは。お変わりなくお過ごしですか? 九州での大雨災害はこちらでも報道されています。被災された方々に心からお見舞い申し上げます。コロナも東京を中心に第2波が心配されていますね。

こちらはFellesferieという、多くの人が一斉に夏休みを取る休暇期間に突入し、コロナの話題は下火になっています。ただ、テレワークの推奨などは続いており、この状態が新学期の8月中旬くらいまで続く模様…。

さて、このブログでは前回から「ノルウェー生活・満25周年記念」ということで自分の人生を振り返るトピックになっています。前回は留学までの経緯を綴ってみたのですが、今回はいよいよノルウェー生活のスタート。留学生として過ごした最初の年を振り返ってみたいと思っています。そもそも東京でOLをしていた私ですが、ノルウェー語を個人で教えてくださる先生に会い、そこから留学の話へと広がっていきました。実家からは援助も何もない、まったくの自費留学です。

 

レマルクの田舎で…

f:id:Humbleness:20200707023655j:plain

Bø i Telemark

Telemark短期大学とVolda短期大学の二校から入学許可が下りた中で、選んだのはオスロから西に電車で2時間ほどの距離にある、Bø i Telemark *1。かなり田舎というのはHJ先生から聞いていたので、やはり首都にも簡単に行ける場所にしたというわけです。

当時、この街の人口は4000人ほど。そのうち短期大学の学生が1000人ほどなので、学生の街ではありますが、かなりこじんまりでした。(今はショッピングセンターもあり、もうちょっと開けています。)当時はメインストリートにスーパーが一件に金物屋さんや洋品店など。あとは夏のみオープンする「サマーランド」というアミューズメントパーク。この田舎さにはちょっとびっくりしたものの、カルチャーショックの記憶も特になかった気がします。食べるものはもちろん日本のようには簡単に安くおいしく手に入らないのですが、「こんなもんかあ」と納得していたのでした。

ノルウェー語と社会科のコースにはおよそ20人。アメリカ、ロシア、タンザニアなどから来ていて、なんと日本人がもう一人!私より2つくらい年下の女の子です。クラスはほとんどが交換留学生という構成でした。後からわかったことですが、このコースは本来、ノルウェーで大学や短大で進学が決まっていて それについていけるだけの語学や一般知識を学ぶカリキュラムになっていました。8月から始まって、次の年の6月までに急ピッチで学びます。次学期には論文と三つの試験があって、その合計点が成績となるのですが、ある点数以上を取れないと、その先には進めません。

私はもともと「1年ぽっきり」の予定で留学していたのですが、自腹を切って来ているので コースが終わる6月までには何とか「ものにできるノルウェー語を取得したい」というバリバリの意気込みで、もう一人の日本人留学生ともあえてつるんだりせず、遠くからお互いに応援するというスタンスを取りました。

そうこうしているうちに2か月ほどが経過。去年の卒業生で同じ学校に通っていたカンボジア人学生がクラスを訪ねてくれた際、「今のうちにノルウェー語に切り替えておかないと、絶対に後半は厳しくなる。他の学生たちは英語やドイツ語が母国語だから、その人たちと一緒にのんびりペースでやってたら余裕がなくなるよ。」とアドバイスをくれました。そう、まだまだクラスのなかは使い慣れた英語でコミュニケーションをとっていたのです。先生陣ではS先生だけが厳しく、「ほらほら、みんなノルウェー語よ」といつも言っていました。実は、このS先生、後にもとってもお世話になったのですが、先のカンボジア人学生やコースの他の卒業生にもとても親切にされ、慕われていました。せっかくアドバイスしてくれたし、ということで、一念発起。10月ころからはクラスの子たちに「変なの~」「どうしてわざわざ(できない)ノルウェー語でしゃべってるの?」とさんざん言われつつも オール・ノルウェー語に切り替え、新しい言葉を学ぶ苦労をふんだんに味うこととなりました…。*2

この年はこの他、中学生からファンだったノルウェーのバンド、A-haのヴォーカル、モートン・ハルケット(Morten Harket)の初ソロツアーがノルウェーで展開され、オスロも含めてトロンハイムやクリスチャンサンなどの都市へ「おっかけ」さながらライヴも体験。ボーで、ローズ・ペインティング*3の教室に通ったり。本当に1年ぽっきりと思っていたので、いろいろなことにトライしていたと思います。

 

f:id:Humbleness:20200707023550j:plain

ローズ・ペインティングの教室にて

f:id:Humbleness:20200707024048j:plain

Grivi studentheim 学生寮
転機となったのは、あるパンフレット

年が明けた1996年、私にも実は進学するチャンスがあるというのが判明。思いもしなかった、進学への道。もちろん、先に挙げた最終の成績をクリアーすることが大前提です。それを聞いてから、考える日が続きました。果たして、UDI(外国人管理局)が指定する生活費は十分あるのか、帰国を伸ばすことで日本での再就職はどうなるのか…?でもはっきりしていたのは、まだ帰りたくない、1年では足りない、もっとノルウェーに居たいということでした。ここから、学校調べなどが始まりました。この町の職安にはノルウェー国内の短大、大学のパンフレットや職業に関するパンフレットもあり、そこで目に留まったのが「ソーシャル・ワーカー」という職業。ノルウェーでは3つのタイプの資格があり、そのうちのSosionomという資格*4にとっても興味がわいたのです。

以前のブログにも書きましたが、こちらは短大・大学の入試はなく、書類審査のみ。高校以上の成績で審査されます。ノルウェーで高校に行っていない私などの外国人はというと、別枠での審査なのですが、そのため申請書提出期限も早く3月1日。かなり時間がない中での申請書作成となりました。ただ、まわりの先生や知人のノルウェー人の反応はというと「無理無理。入るのも難しいし、勉強だって難しくてついていけないよ」というものでした。唯一励ましてくれたのは、S先生。「やりたいなら、やってみたらいいわよ。」と言ってもらえました。

審査を一括して行う機関、S.O. (Samordnet opptak)には15コースまで申請できるのですが、Sosionomだけでも4、5校は申し込んだと思います。ほとんどがダメ元です。それ以外にもいろんな学校・コースで申請書を埋め尽くしました。

 

最終試験・コース卒業・そして夏…

春セメスターから10ページほどの論文に取り組み、それが終わるといよいよノルウェー語の筆記、口頭試験と社会科の試験です。社会科はノルウェーの歴史、文化や政治の仕組など。クラスにもさすがに緊張感が漂ってきました。ほとんどが奨学金をもらってきていた交換留学生とはいえ、成績が良くなければ、国に戻らなければなりません。私も良い成績ではなかったですが、なんとかクリアーでき、あとはS.Oからの次の学校への審査待ちです。試験期間が終わると、あっという間に卒業です。クラスの友人たちともお別れし、私はというと次の年からの生活費を稼ぐべく日本に2か月の里帰り(出稼ぎ)をしました。

この時代、携帯やスカイプなどもなく、家族への電話も公衆電話からしていたので、ノルウェーの短大で勉強を続けたい、という もろもろのことは実家へ戻ってから伝えたと思います。幸い、母からは「やりたいこと、やったらいい」と言ってもらえました。経済的に自立していたのもた要因の一つでしょうか。とにかく、母のポリシーに感謝しました。

さて、ノルウェーでの郵便物などはS先生にチェックをお願いしていたのですが、彼女からFAXで待ちに待ったS.O.からの返事が送られて来ました。なんと、第一希望だったリレハンメルのSosionomには入れず、なぜか第三希望のオスロに入学許可が下りたのです!

 

現実は厳かった…

本当は入学許可をもらえた時点で早くノルウェーに戻って、引っ越し準備やオスロでの住まいを探すべきでした。甘かったですね。8月にオスロ入りして学生寮を申し込もうと事務局にいったところ、「ウン百人」も寮の空き待ちだというのです。そこで、助け舟を出していただいたのが、お正月に日本大使館の賀詞交歓会で知り合った、オスロ在住のMさん。ノルウェー人のご主人と3人のお子さんがいるにもかかわらず、「うちにいらっしゃいよ」と住居が見つかるまでの間、寝る場所を提供してくださいました。しかもご主人にもボーからの引っ越しを手伝っていただいたり…。(今でも足を向けて寝られません…と、いうか、今は私が助け舟を出す立場だわ、と思っています。)

さて、Sosionomは3年のコースなのですが、滞在許可は1年ずつしか出ません。というのも、途中で落第して留年になったりすると次の年から許可は下りず、帰国を余儀なくされるという仕組みです。オスロでもMさんのご主人にノルウェー語を見ていただきながら、滞在許可申請書の提出です。さあ、Sosionomとは、職業を学ぶコースだし、日本とも行政の仕組みも法も違いますから、これでどうやって学生ビザを出してもらえるのか?なんせ、ノルウェーも他国同様、移住ストップがかかっているし、学生ビザも「卒業後は自国に戻って、ノルウェーで学んだ知識を活かす」ことが大前提で許可されるものなので…。

 

ここから、どうやって就職・労働ビザにつながったかというのは次回以降のブログにてお伝えしようかと思います。今振り返ると、やはりこのボーでの最初の一年は本当に自分にとって意味深い年でした。S先生をはじめ、たくさんの良い方にお世話になり、ノルウェーで暮らす外国人とも知り合い…。田舎だったから、(学生の街という特殊な文化もありますが)首都では味わえない体験ができたかもしれません。私がノルウェーにまだ居たい、と思ったのもこんな良い体験があったからですね…。

 

大雨、コロナ… 引き続き、ご自愛くださいませ。


 

*1:レマルク県のボー。ちなみに、Bøという地名は他の地方にもあるため、「テレマルク」を入れることが多いのです。テレマルクという名前はスキージャンプの「テレマルク姿勢」の由来にもなっています。

*2:HJ先生から日本で習っていたとはいえ、やっぱり最初は挨拶程度のレベルでした。

*3:ノルウェー独特な民芸

*4:資格は諸都市にある短期大学の3年コースで取れる。

"Mine 25 år i Norge" ノルウェー生活25年を振りかえって、その0.留学準備期間 

みなさん、こんにちは。お元気でしょうか?

この国にやってきてから8月でなんと丸25年になります。四半世紀・・・そして日本よりもこちらの生活の方がちょっとだけ長くなりました。たびたび、「これから留学したいのですが」とか「ノルウェーで就職したいのですが」という方々からご連絡をいただいていて、私の経験も「賞味期限切れ」になっている気もしている今日この頃。ただ、もしかすると海外でサバイバルしてきた基本的な経験は「ひとつの体験談」として何かしらの参考にしていただけるのではないか、と思い始めております。それと、正直なところこのブログに残すのも自分にとっても面白いかもしれません。そこでこの夏は「ノルウェー生活・満25周年記念」ということでシリーズにしてみたいと思っています。第一回目の今日は、「その0.留学準備期間」です。

 

某商社でのOL時代

以前のブログでも書きましたが、うちは母子家庭。高校を卒業してから四年制大学には進まず、都内の某英語ビジネス系専門学校に進みました。それは2年後に就職でき、高卒よりも職種が選べたからです。就職先は某中小企業で、一応「商社」でした。私の就職活動期はいわゆる「就職氷河期」の2年ほど前だったので、選べる時代だったのです。大きな会社だと多数に埋もれてしまう、という生意気な発想から、あえて職員100人代の会社へ。でも社会人になってみると自分の甘さが身に染みて感じられました。お給料もそれなりだったので、本当は家を出て自活したかったのですが、それをせずに実家にお金を入れることを選びました。それで、数年貯金を十分に貯めたら家を出る、という手はずだったのです…。

私のOL時代は本当に地味で、仕事が終わったら即帰宅して 週末もわりとマイペースにごろごろおりました。実は通勤や社会人として適応するのにかなり疲れていたのです。体調不良なども起こりましたが、感謝にも回復しました。ただ、この疲れる毎日…なんだかこれで私の一生は終わってしまうんだろうか…、とこの先の人生を考えるようになりました。ですが、働いている以上経験にしたい、と思い、真面目に一生懸命やっていたと思います。それから2年の月日が経ち、仕事も徐々に覚えたころ… 事件発生です。

 

社長の鶴の一声

1994年… 2月にはノルウェーで冬季・リレハンメルオリンピックが開かれようとしていました。もともとポップグループ、A-haが好きで、いつかきっとノルウェーの地を踏むと心に決めていた私は、このオリンピックがチャンスと前々から準備。有給休暇とお金をセーブして、直属の上司からは2週間ほどの休暇のOKが出たのです!ところが、直前になり社長から「休暇が長すぎる」とクレームが付きました。この時は組合の方にも相談したのですが、社長は直属の上司たちの首を切ると言い出し、やむを得ず彼が納得する長さの休暇に変更せざるを得ませんでした。北ノルウェーでオーロラを見る計画もキャンセルです。この時の経験が、日本の社会、労働者に対する権利のなさに嫌気がさした出来事でした。そして、泣く泣くカットされた日程だったから「今度は誰にも邪魔されずに行きたい」という強い意志が芽生えたのかも知れません。

 

初めてのノルウェー

さて、私の「初ノルウェー」体験はどうだったかというと… 暗い・寒い・コミュニケーションが取れない、とあまりポジティヴなものではなかったのです。もともとオリンピックのチケットは買わずにオリンピックに沸くノルウェーの雰囲気を楽しもうと思っていただけなので、お宿もオスロユースホステルにとって リレハンメルまでは通う手はずでした…。が、予想外に距離が長い!往復4時間の距離です。しかも今のようにスマホもなく、ネットも普及していない時代ですから、いきなり変わる列車の時間やらなにやらも訳もわからず。気温も連日マイナス15度以下…「こんな寒さ経験したことないよお」状態でした。その中で地図もなく場所を探して歩いたり…。そして愛国ムードがかなり高まっていたせいか、ノルウェー人はノルウェー人でつるんでいて、取りつく島があり話ができたのは同じ外国人。

普通なら、こんな経験の後「ノルウェー好きだけど、あまり楽しいところではないかも」と思い、また行こうとは思わないかも知れませんね。ただ、私の場合は逆に「いつかリベンジするぞー」精神がめらめらと燃え、次のフォーカスをノルウェー語を学ぶことに移しました。そうです、次に行く時にはノルウェー語でコミュニケーションしてやろうと思ったのです。

 

「リベンジ」から留学のチャンスへ

さて、日本に帰ってからは普段の毎日が戻りました。ただ、新たな目標があります。初めにしたのは、都内にあるノルウェー語を教えてくれる教室への体験入学。ところが、そこの(日本人)講師が「まったく君たちは言葉を習う動機が不純なんだよね」と、言うのに憤慨してパス。他の生徒さんたちはそれぞれ、スキーのオーモット選手やスピードスケートのコス選手に憧れて、というので来ていました。わたしにしたら、動機なんてなんだっていいじゃん、余計なお世話だと思ったわけです。ここを諦め、次にしたのが、ノルウェー大使館へ電話。ノルウェー語の先生を紹介してくれませんかといきなり聞いたのですが、親切に一人紹介してもらえました。日本に留学中のノルウェー人でバイトでノルウェー語を教えていた、HJさん。この先生が私にとって最初に知り合ったノルウェー人となりました。

週一回の個人レッスンも数か月経って、1994年の年末。先生が「マイ・ユニさんは来年なにしたいですか?」と聞いてきました。私は半分ちょっと希望的観測で、「いやあ、来年こそは会社を辞めてノルウェーに留学したいです。」すると、HJ先生、「そうなの、それじゃー、資料請求してみよっか!」と、むちゃくちゃ乗り気になり、地方短大で学生ビザが取れるノルウェー語のコース *1 2校の申請を手伝ってくれました。この2校ともTOEFLなどの書類は必要なく、なんと英語の作文とこれまで行った高校以上の学校の卒業・成績証明のみで審査され、両方から受け入れの通知が届きました。

そして、学生ビザもすぐに申請。このころはFAXでやり取りしてましたね。懐かしい!ノルウェー外国人管理局、UDIからも1年の学生ヴィザをもらえたのが1995年春ころ。会社に早速辞表を出し、同僚や先輩に見送ってもらい 8月にはノルウェーに向け出発!!

 

 

このころの事を振り返ると、まあインターネットがない時代によくやっていた、と思います。何かを調べるっていっても、例えば「スカンジナビア政府観光局」のようなところから資料請求を郵送で、とか FAXで、とか…。本当に今は便利な時代になりましたね。でも、情報がありすぎて逆に読み取るのも難しいかもしれません。

 

さて、この続きは次の回「その1.貧乏留学生時代」で綴りたいと思います。ここまでお読みいただき、ありがとうございました! 皆さん、引き続きご自愛ください。

 

 

*1:今このコースは、純語学コースというカテゴリーになり、ビザを取れる対象ではなくなったそうです。残念!

コロナ禍のコミュニケーション

お久しぶりです。皆様お元気ですか?

コロナ禍のノルウェーでは、高校卒業生たち「ルス」の大音量パーティーが毎晩のように続いております。(5月24日のブログ参照ください)今日はというと、そこではなく、前々から気になっていたコロナ禍の夫婦関係や家族関係について ちょっと触れてみたいと思っています。

 

コロナ禍でDVや児童虐待が増えるというのは世界共通かもしれない

日本のTVで見た、フランスのDV予防*1のCM。とてもリアルな感じでインパクトが強かったのを覚えています。こちら、ノルウェーでもコロナ禍でのDVや児童虐待の増加ということが言われました。私の本業でもよく児童保護事務所からの依頼でクライアントさんを引き受けるのですが、ある担当者などは「コロナで件数が増えた」と語っていて 忙しそうにしていました。

家族がステイホームで一緒に居る時間が長くなり、また経済的な問題などで精神的にも余裕がなくなったりすると家族とケンカしてしまったり、またそのぴりぴりした家庭の雰囲気から移行できなかったりするのも とてもうなずけます。ただ、いつも仲良くしている夫婦や家族がいきなりそういった状況下で暴力的になるのは ちょっと考えにくかな、と思います。心理臨床士やその道の専門家の記事もいろいろ読んでみましたが、やはり今問題が起きるとしたら、それはもともとあった問題が表面化しているという意見でした。

そうなると、普段がどうなのか、一体どうしたら普段から夫婦や家族関係の問題を防げるのか、というクエスチョンに行きつきます。

 

コミュニケーションの形

一般的には、やっぱり「普段から良いコミュニケーションを持つ」というのが一番大切だと言われているかもしれません。ただ、何を持って良いコミュニケーションなのか、というのは その人その人(カップル・家族)によって違ってくる、いろいろな形があっても不思議ではないと思います。

知り合いの日本人&ノルウェーカップルで3人のお子さんがいらした家庭では、毎日曜日の夜に家族会議を開いていました。子供たちの好きなお菓子を食べながら、この週の出来事を振り返ったり、新しい週の予定を伝えあったり、など。その時に、たしかこの週に起こった兄弟げんかなどについても語り合っていた気がします。

数年前に、ノルウェーのModum Bad*2でPREP*3インストラクター養成コースを受けたことがあります。PREPではどうやってカップルの二人がお互いの話をよく聞き、理解するかという実践的な手法を取り入れていて、わかりやすく面白い、と思いました。それが、「リスニングとスピーキングのテクニック」です。

 

リスニングとスピーキングのテクニック

PREPコースではこのテクニックを実際に習って体験することができます。これは、ある一定の時間を決めて、その中でルールに従ってカップルの二人が交互に話し手と聞き手になるというものです。話し手になる人には「スピーカーカード」(または、ペンマイクでもなんでもいいのです。)が与えられ、ルールに従って自分の伝えたいことを話し終えると聞き手だったパートナーにカードを渡します。

カップルの二人が同じくらい話し上手で 同じくらいの量や割合で相手に話を聞いてもらっている…と、日々思えるなら もしかしてこのテクニックは必要ないかもしれません。ただ、家庭でも、職場・学校でも、話をしていつも聞いてもらえる人と、そうではなくてなかなか聞いてもらえない人が居るのかな、と思います。(そして、同じ人でも状況によって変わったり…。)私も、うちでは主人に比べると話す方ですが、職場ではある2,3人の人たちが中心になって話しているので、どちらかというと静かに聞いている方です。聞いてもらえる人というのは、話し方が良く 人を引き付けるというのもありますが、いつもそうではなく、わりと人が話していても強引に割り込みのできる人・または話が途切れない人も会話を牛耳る傾向があります。それは、おそらく皆さんも気が付かれたことがあるかと思います。私たちもこのテクニックを練習してみて、時間をかけて相手が言わんとしていることを丁寧に理解しようとする姿勢というのも 足りなかったと初めて感じ、いい勉強になりました。

 

メタ・コミュニケーション

また、家族療法を学ぶ時に必ず出てくる 「メタ・コミュニケーション」という概念も普段の生活で役立つときがあります。メタ・コミュニケーションとは、コミュニケーションについてのコミュニケーションなのですが、実際はコミュニケーションしている自分や相手から一歩距離を置いて どんなコミュニケーションになっているかを観察することから始まります。例えば、うちの主人は「マイ・ユニは僕の話を聞いていない」と言うことがあって、なんだろうと考えたところ、彼が私の発言を注意深く聞いてくれることに対して、私は「ながら聞き」が多かったことが判明しました。全く悪気はなかったのですが、おそらくいろいろ家事をしながらやニュースを聞きながら、だったのでしょう。それ以降、どうしても食事の用意をしなければならない、とか、何か家事をしながら話すときは 「今、ちゃんと聞いてるからね」という意思表示も心がけています。それからたまに「話聞いてもらってると感じてる?」と、確認も入れています。

 

今日のまとめ

こうしてみると、いかにパートナーや家族に「聞いてもらっている・理解してもらっている」という感覚を持ってもらうか、がその相手にとって安心できる・信頼できる材料になるかがわかります。もちろん、片一方だけでなく、自分だってそう感じたいですよね。でも、悲しいかな…大概は相手は変ってくれなくて、まずは自分が変わってみることが前提です。

安心感や信頼がある関係って、ひとつひとつの行いや言動が積み重なってできるものですが、その積み重ねがコロナ禍を耐え抜く 夫婦・家族関係なのかな、と今日のまとめとして思える次第です…。そうはいっても、なかなか一人一人が辛い時に大変でもありますが。みなさんはどうお感じになっているでしょうか?

*1:DVにあったり、目撃したらここでヘルプがうけられます、という内容

*2:ノルウェーで有名な精神科の病院。家族療法もおこなっています。

*3:プレップ、The Prevention and Relationship Enhancement Programの略で、カップルのより良いコミュニケーションのためのコース。アメリカのデンバー大学で開発されました。

コロナの一つの副産物 「ルス」の期限なし横行

こんにちは。日本もいよいよ全国的に緊急事態宣言の解除となりますね。私もほっとしています。こちらは他のヨーロッパ諸国のようなマスクの義務付け*1 はないものの、公共交通機関(特に首都圏)の乗客数制限などはありますし、引き続きテレワークが奨励されています。

さて、他のノルウェー在住のブロガーさんたちが17日にあった憲法記念日、「セッテネマイ」(ノルウェー語で5月17日の意味。きわめてシンプルな名前です。)をカバーされていることもあり、私はノータッチでしたが 実は17日から18日にかけ、あっと驚く出来事が起こりました。それは… 高校3年生たちの集団、「ルス」の夜中3時の横行。まずはジャーナリストの鐙さんの記事を張り付けてみます。「ルスとはなんぞや?」と思われるかたは、どうぞ。

news.yahoo.co.jp

 

バス・ルス…バスを所有するルスたち*2

もうかれこれノルウェーに25年近く居る私ですが、たしかにルスは昔からあります。(うちの50代の主人が若い時もありました。)ただ、昔はこんなに高校生の子たちのメンタリティーは幼稚で自己中心ではなかったし、度を超し(過ぎ)た騒ぎかたや飲酒も主流ではなかった気がします。ルスにも地方の差があって、最近10年くらいの傾向は金持ちの親が多くいる地域(例えばオスロ近郊やその他大都市近郊)の子たちは自分たちの仲良しグループ(など)で中古のバスを一台買って、そのバスの内装や外装をリフォームし、しかもバス免がないので わざわざうんちゃんを雇って、よなよなバスを走らせて その中で飲んだくれるという行動が「普通」となっています。運転手もブラックで雇われることも多いありさまです。そしてそのお金はどこから来るかというと、親たちがスポンサーになるケースもあれば、これまで貯めた貯金(特に日本の成人式のような、堅信礼が14歳くらいであるのでそのお祝い金)をはたいたり、バイトのお金をつぎ込んだり…などなど。

f:id:Humbleness:20200524231928j:plain

2019年、Nesodden (ネーソーデン)の憲法記念日より

 

バス・ルスがなんてったって、最悪すぎる…

うちはオスロから南に20キロの、とある遊園地の横の住宅街にあるのですが、引っ越してから愕然としたのが、遊園地の前のパーキングやセルフの給油ポンプあたりが 実はバス・ルスの定例のたまり場となっていたことです。オフィシャルなルスの活動期間は5月1日からセッテネマイの5月17日まで。ところが、4月中に早々と「繰り出す」ルスが多いのです。

まず、何て言ってもその大音量でしょうか。上の写真にもありますが、多くのバスは大型でしかも自家発電機や大音量スピーカーなどを後ろに取り付けています。その音量は数十メートル離れていても かなりうるさいです。その大音量で大体出没するのが午前3時前でしょうか。

バス・ルスの集合場所となっている遊園地前の場所ですが、おそらく数十台のバスが入るくらいの大きさがあります。道路をはさんで遊園地専用パーキング(今は公共交通機関のお客さんも利用できる無料パーキング)はバーで遮断されているものの、これまで2,3回はそのバーが倒され バスが入ったとみられる形跡がありました。数年前にはこの大音量とともに、うちの窓・壁が揺れるという事態も経験しましたが、その時は本当に数十台のバスと数百人のルスがここに集合していたのです。そして、どうやってバス・ルスが出没したかわかるかというと、なんと朝すごいゴミが散らかっているのです。ビールの缶やらコンドームやら…。(ゴミ拾いをするスポーツイベントの日本人観客たちの爪の垢を飲ませてやりたいですよー。)

こういった、昔からのバス・ルスの集合場所はノルウェー各地にあり、そこでは毎年4-6週間と言った期間、近くの住人は寝不足や騒音に悩まされるという悪夢の春を過ごさなければなりません。というのも、警察に通報してもその時の状況で 他の事件を優先にされたり(なんて言っても警察官も不足しているので)、よくうちの主人が嘆くのが通報を受け取った警察官の「親ルス的」な態度。まるで、「みんな一度はルスやってるんだから、まあこのくらい見逃してくださいよ」的なノリです。夜中に起こされて機嫌が悪いところに、この警察の態度。本当に「ふざけんじゃねえよ」と言いたくなります。

 

ルスを奨励しない人たちもいる

多くの卒業を控えた高校3年生がルスとなるわけですが、実はルスにならない子たちや、ルスになってもバス・ルスとは全く違う健全なルスも居ます。うちの主人の弟の子たちもバスには興味をもたず、いたって静かで健康的なルスでした。というのも、姪っ子・甥っ子たちは将来の目標がはっきりしていて、どんちゃん騒ぎする暇があったらその次に控える進学のためせっせと試験勉強をしていたのです。ちなみに、こちらの大学はほとんどが公営で、そのための入試はなく、高校の時の成績で入学が審査されるので 最後の試験が自分のその後の将来を左右すると言っても過言ではありません。それでも、この地域では やはり大概は「どんちゃん」のルスになってしまう気がします。それは、アルコールに対する社会の風潮など、様々なことが要因ですし、きっと、友達や仲間から外れたくない、というグループ意識からなのでしょうね。

ルス期間で何か問題が起こると、やはり世論もゆらぎます。バス・ルスの場合は中学生くらいの子たちもバスで一緒に夜通し飲んだり、泥酔状態下のレイプもあります。こちらの子たちは性交デビューも一般的に早いのですが、14,5歳の子たちを高校生のお兄さんやお姉さんたちとパーティに行かせる親たちもやはり問題視されます。 

 

コロナ禍のルスは期限がない?

さて、毎年この時期はなんとかしてバス・ルスの横行を乗り切っている私ですが、いつもは憲法記念日がラストということで何とか先が見え、頑張れています。ところが今年はいつもと違い明確な最終日が定められていないのがかなり問題です。ここまではコロナ対策でルス(特にバス)はいわゆる三密となるため、「禁止」となっており、公には6月15日からの解禁ということですが、禁止もなにもそんなことは お構いなしの連中なので、今からもしかして6月いっぱい…いや、もしかして 夏の間ずっと?と、不安が頭をよぎります。もうこの時期、学校も授業も何もないのが普通なので、ルスたちもますます暇を持て余してるのかもしれません。

たしかに、「親ルス」派が多い中ではありますが、警察に通報したり、SNSで発信したりすることで もしかして 特にバス・ルスのように迷惑度や問題度が高いルスの形体に対して 徐々に社会の風潮に変化が出てきているかもしれません。「変な外人」と思われても、悪いことは悪い、ですから あきらめずに頑張ります。

今年については、もうコロナのせいでいつもと違う夏になるのは決定ですが…。

皆さんも引き続きご自愛ください!

*1:飛行機を乗る際を除き

*2:ノルウェー語でこの表現はないのですが、バスを使わないルスと区別するため、あえてこのような造語で表現しています。

こどもたちが優先… コロナ出口対策 in ノルウェー

こんばんは。久しぶりのブログです。お元気ですか?

他のヨーロッパの国同様、ノルウェーでは4月20日から徐々に幼稚園や小学校低学年の開校、また27日からはずっと閉まっていた美容院(床屋含む)や理学療法士整骨院なども開かれてきました。

今日、新しい政府会見で 来週11日より小・中・高の開校が決まりました。政府では出口政策の一番の優先は「こどもと青少年たち」。経済はその次と言っています。もちろん、こちらは普段から休職・一時解雇、または解雇された方々の援助の制度が整っているため、コロナ危機で慌てふためくことはなかったのですが、あまりにも援助申請が多いためにそれをさばききれずに援助がまだもらえていない方がたくさん居ます。

ということで、今回のトピックは今日公示されたこれからの政策を中心に、ノルウェーでのコロナ出口対策について綴ってみたいと思います。

 

イースター(復活祭)直前の実効再生産数は0.7

こちらではイースターは復活祭の前の日曜から始まるのですが、実際に祝日になるのは受難週の木曜日から。政府はその直前に会見でこの指数を発表し、復活祭明け1週間後の4月20日、月曜日から幼稚園などを開くことを発表しました。

この時のうちの主人や私の反応は「早すぎるんじゃないか」でした。ノルウェーでは新規感染者数の他に、入院者数(普通病棟入院者とICUを分けて)と死者数が毎日公表されていますが、思いのほか私たちの心配とは裏腹にその後もどんどん数は下がっていきました。

私の職場でも3月17日よりテレワークとなっていましたが、イースター後からは個人の希望をもとに半数くらいの職員が交代でオフィスに出勤することが許されています。仕事の内容がクライアントさんの家庭訪問を中心とした生活や心のケアですので、書類業務はそれほどないため職場PCはごく数人しか支給されず。テレワークの機材はスマホ一つだったので、私も週2・3日はオフィスで仕事をしています。現在の時点ではまだ通常通りの家庭訪問はできませんが、クライアントさんと外で会って一緒に散歩したり、または特別な場合の家庭訪問は可能になっています。

 

6月15日までこれまでクローズされたすべての場所を開く予定に

この復活祭前の会見後もちょくちょく会見があり、そのつど新しいミニコロナ対策が公示されてきました。例えば、先週はいわゆるソーシャルディスタンス2mから1mに改正となり、公の集まりも各条件付きで50人まで可能となっています。

いつも会見で強調されているのが、「こどもたちが優先」という政府の説明。今日の公示でもありましたが、来週から小・中・高がオープンに。大学やその他(大人のための)学校などは自宅での自習やオンライン授業が難しくないことから、徐々に開校ということでした。(余談ですが…ノルウェーの児童福祉についてもブログでトライしたいと思っています…。)

そして今日から改正なのは、(家族以外の)何人まで一度に同じ場所に集まってもいいかという人数。これまでの5人から一気に20人となりましたが、これは個人的な家族・友人などの集まりで、ソーシャルディスタンス 1mを取ることが条件です。

野外でのスポーツの練習(子供たちのサッカー教室の部類)なども20人までのグループで許可となりました。

ノルウェーでのコロナ出口対策で注目されていることの一つが ノルウェー国を挙げての毎年の行事、憲法記念日の「セッテネ・マイ」です。毎年各地で子供たちを中心にパレードなどが企画されますが、今年はパレードは中止となり、各自小規模の個人的なグループでお祝いすることが許されます。

 

さて、気になる経済活動は…ですが。これまで閉店を余儀なくされていたカフェ(食事を提供する店は除く)などは6月1日より営業再開。これも1mの条件付きです。また、遊園地や動物園もこの日から営業再開が許されます。

3月12日より営業停止していたトレーニングセンターやプールなどはおそらく6月15日より再開となるようです。またこの日より200人までの催し物も許可になります。

 

一方、これまでとほぼ同じ対策なのが、実はテレワークです。数日前に公共の交通機関で人数制限が出されるという発表があったのですが、今日の時点では特に人数をチェックされている気配はなかったのです。なんでも定員の50%ほどに利用者を制限するとのこと。これに伴って、やはりテレワークの要請は継続されるようです。

あと、もう一つは国外への旅行や 外国人(観光客など)の入国です。これについては、首相いわく他国との協調・協力があるので、あえていつ頃というのは発表しませんでした。でも、少し前*1から「今年の夏休みは国内で」と言われているので、もしかすると国境が開かれるにはもう少し時間を要するかもしれません…。

 

私の職場でも、もしかすると来週から新しいお達しが出てくるかもしれません。3月から本当に本来の仕事があまりできず、ちょっと悶々としていましたが 少しずつ トンネルの出口が見えてきている…という感じです。日本も緊急事態宣言の5月いっぱいまでの延長でいろいろな物議がありますが、少しずつでも感染者が減っていき みなさんのトンネルの出口が見えてくることを願っています。

 

 

*1:通常5月1日までに各職場で夏休みの希望を取り、夏休みのプランを立てます。

トラブったらとりあえず相談… ノルウェーの労働組合について

こんばんは、お元気でしょうか?

前回ブログからあっという間に3週間です。まず4月初めにイースター休みがあり、5日間連休でいろいろな作業に当たっていました。その期間もそのあと1週間ほど、歯のトラブルで毎日鎮痛剤を飲み、ネットで検索の日々。今結構ノルウェーで歯医者難民状態なのですが、歯医者トピックはまた後日といたします…。

さて、今日は以前から書こう書こう、と思っていた「労働組合」トピックです。日本とかなり組合の在り方や社会での位置が違うかな、という印象です。それから今はコロナ危機の影響で事業主から不当な扱いをされている方もいらっしゃるかもしれません。私は法律家ではないので、3月11日付ブログで言及した「労働法」のコースや同僚たちから聞いたりした自分の体験をもとに書いてみます。

 

労働組合あれこれ

日本で務めていたころは、たしか職場の中で組織化された組合に入っていたと思いますが、こちらは組合は自分で自由に選べるようになっています。では、どんな組合があるのでしょうか?

例えば、「職業別」組合。以前 ノルウェー国教会で務めていたころは「Diakonforening」といって、Diakonの資格を持ったり、またはその役職で働いている人が対象の組合に入っていました。他には看護師さんの「Sykepleieforbundet」とか、医師の「Lægeforeningen」など。これらは例えば特殊資格などを認定する権限を持っていたり(資格が認定されるとお給料アップの交渉や、転職時に有利)機関紙などもなかなかスペシャリティーの高い学術的な内容だったりするので、職業別の団体を選ぶ人も多いと思います。

その他、例えば 今私が所属している団体などは「短期大学3年以上の学歴」を入会資格としていますが、職業や役職の種類、または公か民間かも問わずでは入れます。なぜ、わざわざここを選んだかというと、大きな理由の一つはこの組合は「政党と無関係」である、ということ。と、いうのも多くの組合がノルウェー労働党とつながっている「LO」(Landsorganisasjonen i Norge) という大きな組合の傘下に入っているので、間接的に政党を支持してしまうというのが「いまいち」だったのです。ちなみに今の団体もやはり大きな母団体の傘下に入っていますが、こちらももちろん 「政党独立型」。

それから業種や、公か民間によって「この仕事をしている人がよく加入している組合」もあります。かなり数も多いので結構探すのも大変かもしれません。

組合に加入すると組合員となりますが、もし職場に複数同じ組合の組合員がいる場合、この職場で組合を代表する人「Tillitsvalgt」(ティリッツヴァルグト)となることができます。Tillitsvalgtとなると職場での様々な雇用主との話し合いや、交渉などに関わるのですが、もちろんしっかりコースなどに通わせてもらって(費用は組合が負担)知識やスキルを身に着けます。新しく雇用する際の面接も、通常Tillitsvalgtが立会い、面接が正しく行われているかを見守ります。

 

みんなどうやって組合を選んでいるか

いろいろな方法がありますが、同僚や職場の組合の代表者などから聞いたのが主に…

  • 自分の職業を代表している組合
  • 職場の大多数の人が加入している組合

自分の職業に直結している組合の場合、他の同僚とは違う組合に入っていたりすることもあり、こちらも団結という意味ではマイナス面もあるかもしれません。ただ、職場で取得資格や学歴がまちまちだったりする場合は、それに見合った給与の交渉をしても「高額すぎる」といった見方をする人がでませんので、有利だと聞いています。

 

組合員となるメリットは?

実はメリットはかなり多数です。一つは払った会費が税金に対して控除対象になること(上限あり)。これを見ても国で組合加入が奨励されていることがわかります。それから、各割引制度。どの組合も銀行や保険会社と提携しているので組合員が対象の、各種保険や住宅ローンなどがあります。

でも、何よりもメリットは電話一本でいろいろなボスや事業主とのトラブルを相談できることでしょうか。ノルウェー人はどちらかというとコンフリクトを嫌う文化なせいか「トラブルは最低限のレベルで解決する」のが通例です。例えば、もし職場の代表が居たら、その人にまず相談。そこでも解決に至らなければ、その上に居る組合の職員とか組合の専属弁護士などに持ち掛けます。(その辺は組合の組織の大きさによって異なりますが、私の所属する組合はこじんまりなので、割と早い段階で弁護士クラスの人につないでもらえます。)

先述のブログでも触れた「労働法」ですが、本当に事細かく様々な労働に関する権利や責任が定められています。素人でもある程度は学ぶことができますが、やはり意見の不一致やコンフリクトとなった場合は労働法専門家に頼むのがベストです。

私自身はそれほど不当な扱いをされたことは 幸いにしてないのですが、はやり事業主やボスなどの「無知」が原因で 不愉快な思いはしたことがあります。その時に「うちの組合の人に来てもらいます」と話しをしたとたん、あっさりこちらの要望が聞き入れられました。この時のボス以外にも複数のボスにあたりましたが、労働法を熟知している人は居ませんでした。

知り合いの方にも、長い間非常勤で働いたのち、組合の方に相談した結果 正規の仕事をもらえる権利があることが判明し、念願の正規のポストをもらえた方がいます。

 

 

ざっと、簡単にノルウェー労働組合事情を書いてみました。日本では私は一つの企業にお世話になっていただけで、こちらでの就労経験の方が長いのですが、かなり日本の「労働組合」のイメージとかけ離れているかな、という印象です。もちろん、いつもトラブルが解決されて自分の要望・希望が通るわけではないとは思うのですが、ただ やはり自分が「外国人」ということもあり、自分の持っている権利を守りたいという思いは強いかもしれません。

 

 

 

コロナうつを打開! コロナ in ノルウェー

前回つづってから、早くも2週間近くになります。引き続きお元気ですか?

この2週間…私自身はちょっとアップ・ダウンしていたかもしれません。ちなみに今のノルウェーのコロナ状況ですが、感染者が5000人に到達しようとしています。自宅勤務なため、日本の朝・昼のワイドショーとか情報番組はわりとYou Tubeでチェックできるので、日本でも今かなり厳しいところに来ていることも把握しています。

このところ、あまり国の一般事情や対策などは大きな変化もなく*1 この事態が徐々に「ニュースタンダード」になりつつある気配もあります。今日のトピックはいたって個人的なのですが、コロナうつ打開策についてふれてみようと思います。

 

在宅勤務のプラス・マイナス

在宅勤務がうちの部署でも導入することが決まったのが3月16日。当初は「出勤したい人は自分で選んでいい」的なニュアンスだったのですが、おそらく上層部が国や市の要請にもっと従うと決定したのでしょう。後から全員在宅勤務になりました。私の反応は実はフィフティ・フィフティ。どちらかというと、仕事とプライベートの境目はきっかり欲しい方で、うちのプライベートスペースに仕事がどっかり入ってくるのが「ちょっとダメ」という感じでした。ただ、考えてみたら往復2時間ちょっとの通勤時間がセーブできるし、その分の時間やエネルギーを家事やら他のことに使えることは全然マイナスではないと思いました。それにうちの環境もこどもが居るわけでもなく、主人も仕事に出かけるので自分ひとりでうちのスペースを悠々と使える…まさに恵まれた環境です。

ところが…

数日の間に在宅勤務の難しさに直面しました。職種自体がクライアントさんと接する感じなのでPCの支給がない。結果、できる仕事が最小限(スマホのみ)で達成感がない、というのがあります。でも最大の問題はプライベート空間での仕事モード。つまり就労時間後もリラックスできないのです。うちの職場は夜間や休日は対応しないのですが、やはりスマホに緊急のメッセージが来ていたらどうしよう(特にこのコロナ対策下では精神的に弱っている子たちに気を使います。)と気になります。他の同僚たちは街中に住んでいて、公園に日中スマホ持参で散歩などに行けているようですが、私は(やっぱり日本人的な感覚ですかね)なぜか仕事中にうちからそれほど離れる気にもなれず。せいぜいうちの外のテラスに出てリフレッシュするくらいでしょうか。

本当に予想外ですが、通勤していた時よりもなんだか疲れています。上記のプライベート空間が仕事モードなのでリラックスできない、のも大いに原因かもしれません。

 

緊急事態特有のストレスも

社会全体・世界的に大きな非常事態、しかもうちの母のような後期高齢者でさえ「こんなこと初めて」と言ってるくらいの情勢ですから、ストレスフルじゃないわけないですよね。でも、面白いことに人によってストレスの出方や感じ方に違いがあると気が付きました。そこには自分の持っている性格やさまざまな事情・コンテクストが関わっているものと見ています。例えば、私は母が遠い日本にいますが、今の段階では何か緊急なことが家族にあっても、運航しているフライトを見つけるのもままなりません。そんなことも自分の生活環境の非常事態に加え 気が付かないうちに更にストレスになっているのでしょう。

日本ではやはり経済的な補償がはっきり打ち出されていないこともあり、その部分もかなりストレスと感じている方も多いのではないでしょうか?それから、おこさんが居る家庭なども大変ですよね。もう、その大変さは私には想像できないです。

あちらこちらで、「家族が一緒に朝から晩まで居る」状況についての懸念も聞かれます。例えば、DVや児童虐待の増加などです。ノルウェーでも、このコロナ事態が離婚率の増加につながったり、または出生率の増加につながったりと言われていますが…。両極端?な想定です。またこのトピックについては後日考えてみたいと思います。

 

コロナうつ…ってこのこと?と、驚いた自分。

先週・今週と寝ても疲れが取れない、体が重いといった身体的な症状も現れ、仕事をしていても「充足感」が感じられず、モティベーションも低下している自分に気が付きました。主人からも「溜息ばっかりついてる」との指摘。まさか、これが「コロナうつ」ってやつ?と、びっくりです。ざっとコロナうつの定義、何をもってコロナうつというか…を調べてみたのですが、残念ながら見つからず。ただ、「メンタルの健康を保つ秘訣」などの記事はたくさん見つかりました。(検索するとたくさん出てくるのであえてリンクは載せません。)

おそらく、生活のリズムや在宅のルーティンもあまり健康的ではなかったのでしょう。と、いうわけで数日前より実験的にいろいろ試してみます。以下はあくまで私自身が「自分に効くかな」と思っている打開策なので…

 

試していること…コロナうつ打開策
  • 毎日ちょっと運動する。ラジオ体操第一とか、You Tubeなどに出ている10分間エクササイズ。
  • なるべくカフェインレスの飲み物(と、いってもインスタントコーヒー、手軽なので結構勤務時間中は飲んでしまいますが)を飲む。
  • 朝はきつくても早く起きる。(おっと、これも夏時間後の先週末からかなりきついです。一種の時差ボケ状態に陥っています。)
  • (できたら)一日一回は自分の好きなこと、「楽しい」と感じることをして、「コロナフリー」の時間を持つ。毎日ではないですが、最近始まったガーデニングのTV番組とか、リフォームのTV番組でリフレッシュです。
  • 主人とよく話す。または日本の母にスカイプ電話を入れる(あまり頻繁だと、母にも嫌がられますが…)、友達とチャットする。(要は自分から声を掛けてみる。)
  • そして、「やる気ない」自分を批判せずに、いたわる。例えば、「やる気ないのによく頑張ってるよ。」とか肯定的な声掛け。
  • 自分がどうにもできない今の状況や、この先に起こるかもしれないことは あえて考えない。これで、エネルギーをセーブしようという試みです。
  • 祈る。(これは普段もですが、頻繁に祈るようにしています。自分の日常の些細なことから、世界中のコロナの状況について。なんでも祈ってます。)

 

さて、これでどのくらい打開できるのか?まあ、これで効果がイマイチでも他のアイデアが浮かんで来たら試してみます。

先述の各サイトにはいろいろなエキスパート、えらい先生方のアドヴァイスが乗っていると思いますが、私のスタンスは「その人が自分のエキスパート」。人からされたアドヴァイスってあんまり「しっくりいかない」ことが多いんです。例えば、アメリカのどこかの偉い先生は「コロナ情報を見ない・聞かない」ことを挙げていますが、私には逆効果な気がします。なので、これを読まれている方も ご自分に合った打開策が見つかるのではないかな、と思います。

 

世界中、いやでも長期戦になりそうですよね…。一緒に頑張りましょう。

 

 

*1:もちろん、経済政策は多々うちだされていますが、私の得意分野ではないこともあり…他のジャーナリストさんにお任せします。