ハンブルネスのひとりごと

ノルウェー在住のシステミックカウンセラーのブログです

国際結婚を考える ― 日本とノルウェーカップルの場合 その4 ― 

こんばんは!今日の独り言は引き続き カップル・結婚といった内容です。

前回ブログでは離婚について、ノルウェーという背景をもとに考えてみました。でも ノルウェーであれ、日本であれ、結婚する人はみんな 幸せになりたい!…と望んでいることと思います。では、末永く伴侶と幸せにやっていくには どうしたらいいのでしょうか?「ラブラブ状態」がなくなったら、本当に終わりなのでしょうか? 今日はアメリカのカウンセラー、ゲーリー・チャップマン(Gary Chapman)の世界的ベストセラー「愛を伝える5つの方法」をヒントに考えてみたいと思います。

 

「愛を伝える5つの方法」by ゲーリー・チャップマン

この本はチャップマン博士のご自分やカウンセリングからの経験に基づく「自論」をもとにしたいわゆる、ハウ・ツーもの。彼はクリスチャンなので、かなり聖書からの引用も多く、まったくキリスト教に興味のない方にとってはつまらない内容だったりするかもしれません。

私がこの本に出合ったのは まだ独身のころ。当時お付き合いしている人がいて、知人に勧められて読んでみました。その頃の私と今の私は 経験も違えば 年も違うので、今この本を読みなおしてみると 「人生、そんなに簡単じゃないよなー」という思いがわいてきます。それに、今の私はどちらかというと、ハウ・ツーものは得意ではなくなっています。とはいえ、やはりベストセラーには理由があって、おそらくほとんどの方にとって、読んで損はないのではないか、という内容です。

 

「恋愛」と「愛」の違い

チャップマン先生でなくても みなさんは誰かに恋をした時のラブラブ状態と、関係が円熟して親密になった時の状態の違いを理解されてると思います。この本の最初の提唱は、感情としてのラブラブ恋愛状態が永遠に続くと思ったら 大間違いだよ、ということ。相手に恋焦がれている時、そんな相手と相思相愛の時、どんな問題も乗り越えていけるし、相手は「非の打ち所がない、世界一素敵な存在」に思えることが多いです。でも個人差はあれ、その状態から徐々に日常的な状態に戻っていきます。相手のアラがみえ始めたり、相手と自分の違いがはっきり見えてきたり…。

ノルウェーでも、恋愛状態はあたかも薬物でハイになっているような状態という一般的な認識はあります。でも、その状態がいずれ終わってしまうという認識をしている人は多いのかしら、と思うときがあります。そして、ラブラブが終わった時、イコール「破局」と思っている人も結構居るのかもしれません。

 

恋愛状態、ラブラブ状態のさなかに結婚してしまう方がいるとしたら、それが終わって日常生活のもろもろの煩わしいことが出てきたとき それをどうやって乗り越えるか、すごいチャレンジな気がします。それに、人はだれでも「愛されたい」「幸せになりたい」という希望がある存在ですから、それを一番近い人、伴侶やパートナーに期待するのは ごくごく自然なのかもしれません。

 

愛を感じる方法は人によって違う

そして、チャップマン先生は、人が何をもって自分は愛されていると感じるか…の、個人差 を発見したというのです。それを煮詰めていくとだいたい5つくらいのカテゴリーに分けられると言います。

例えば、自分が人から何かしてもらうことで「愛されてる」と、感じるなら 結婚相手・パートナーからそうしてもらうことで自分の「愛情タンク」は常に満タンだというのです。自分は相手から愛されているんだ、と思えること、感じられることがその人を安心させ、人生を楽しくさせます。

ただ、ポイントはその愛情表現を相手の方法でお互いにしてあげること、だそうなんです。そう、相手に自分が「愛してるよ」と伝えることを自分の方法ではなく、相手が一番そう感じる方法で…というのがこの理論の中核です。

 

本物の愛は「選択」すること

ここまで来ると、もしかしてこのブログを読まれている方は「その5つの方法って何?」と興味深々かもしれません。スペースの関係上と、もろもろの理由であえてそれは挙げないことにしました。

確かにこの理論は私の人生を振り返っても 参考になったし、事実この本を勧めた方もかなりいます。ただ、今 もう一度読み返してみて 一番「そうだよな」と思ったのは、どの方法でどう愛情を伝えるかとか、のテクニカルなものではなく、もっと根本的なこと。相手のこと、自分の夫婦(カップル)関係のことを大切に思い、大切に扱おうとする「態度」や「姿勢」です。

本の第10章の中で チャップマン先生は「愛は選び、選択だ」と書いています。相手に相手の方法で自分からの愛情を伝えることは、易しいことではないかもしれないけど、でもあえてそうしていく、努力していく、という毎日の自分の選択が愛することだというのです。そして、相手のことを大事にしたいという態度から来る愛情で築かれる関係はラブラブの燃えるような恋の関係とはまったく質が違うのです。

 

まとめ

毎日の自分の選択…そうかあ。前回のブログの最後でクリスチャンにとっての結婚って「死が二人を分かつまで」だと書きました。たしかに、結婚式の時にそう誓います。ただ、やはり人生いろいろ起こりますし、人には限界もあるので 実際に何らかの事情で離婚してしまうクリスチャンの方々もまわりに多数居ます。クリスチャンに限らず、一人ひとりの方がいろいろな事情を抱え、その結果別れてしまうのも もちろんリスペクトされるべきだと思います。

私事で恐縮ですが、私も 自分の結婚って、やっぱり自分の選択なんだわ…と、つくづく確認させられることがあります。夫とどうしても意見が合わない時、彼の意見が理解できない時、彼のボーダー(限界)と自分の限界がかなり違う時…いらいらします。で、がっかりもします。もちろん、相手は変らないので、結局自分がこの事実を受け入れるという形で解決に向かうのですが、そこで「自分が選んだんだから、しょうがないかあ…」ということで諦め(?)がつく状態です。そして、自分が選んだ相手ですから、なんとかこの人を幸せにしてあげたい…いや、その保証はできないけど、せめてできるだけ頑張るのが私の役目かな、とも思うわけです。

 

最初に自分に投げかけた疑問、「ラブラブが終わったら、結婚も終わり?」の私の答えはノーです。でも、他の意見があっても不思議ではないですね。

この独り言を読んでくださった皆さんはいかがでしょうか???