
みなさまこんにちは。もうかれこれ1か月経ってしまうのですが、今年(も)1年に一度開かれる「ヨーロッパ・キリスト者の集い」(通称「集い」)に参加しました。これまでも折に触れて私自身の信仰がどんな風に人生に影響したかなどをお伝えしてきたのですが、「集い」について詳しくご紹介したことはないかなあ…と思い、PCに向かっています。ブログを読んでくださる方の中には、宗教とかキリスト教とか苦手な方もいらっしゃると思いますので、どうぞスルーしてくださいませ。
ヨーロッパキリスト者の集いとは?
まず、集いとはなんぞや?ですよね。公式サイト*1によると、「ヨーロッパ・キリスト者の集いは、1984年の夏、西ドイツ・デュッセルドルフ近郊、ランゲンベルグで欧州各地に散らばって住む邦人キリスト者が交わりを持ち、母国語で語られるみ言葉にこころと耳と傾け、祈り合い、励ましあいつつ信仰を育むため集まったことによって始まりました。」とあります。それから、コロナの年2020を除いて今年で41回開催されています。ヨーロッパには複数の日本語教会や日本語集会、又はもっと小さな集まりなど、日本語でキリスト教のメッセージを聞いたり、賛美したり・祈ったりできる団体・グループがあります。集いはそういったグループまたは有志がボランティアで開いているものです。参加申し込みはグループ単位となっています。
私自身はごくごく標準的な日本の家庭(1978年に父が他界するまで、それ以降は母子家庭)で育ったので、イエス・キリストは「クリスマスの人」くらいの知識しかなかったのですが、1995年から始まったノルウェー生活がきっかけで、キリスト教に触れることとなりました。1998年に洗礼を受けたのち、「集い」にも徐々に顔を出すようになりました。そのころ、生活は夏休み中にしていたバイトと日本からの貯金でしていたのですが、一時帰国も経済的に頻繁にできなかったため、一年に一度狭いノルウェーから出てくるのが楽しみでもありました。
自分にとっての集いの存在
90年代後半のオスロでは、日本人・ノルウェー人のあるご夫婦が中心となって開いていたキリスト教のグループがありました。一般的に「JCF」(Japanese Christian Fellowshipの略)と呼ばれている集会も多く、オスロの集会もいつのころからか「OSLO JCF」という名称になっています。*2ただ、もともと留学生などがあまりいなかったオスロでは、JCFに集う20代は私のみでした。そんなこんなで、集いに行くと同じように留学していた20代女子がかなりたくさんいたので、海外生活の大変さに始まり、お互いのビザの悩みやこれからの進路など。たくさん共通する話題があり、文字通り励まし合ったり、祈り合ったりできる機会となりました。そんな中、すごくインスピレートされたのが、彼女たちのグローバルな考え方。オスロでお世話になっていたJCFの方々は、(やはりノルウェーの現実を知っての親心か…)「日本に帰って、ちゃんと自分の言葉で勉強して、仕事した方が良い」という見解でしたが、集いで会った同じ20代留学生の子たちはというと、「日本に帰ることだけが(神様の)みこころ*3じゃないんじゃない?どこに居たって主に仕えられるよ*4」と言うのです。私はもともと単純で、影響されやすい方なので、「そっか、そうかもね。」と思ったのでした。でも、確かに日本に帰るよりもノルウェーに残って仕事してみたい…いや、仕事がちゃんとできるかどうか、ビザも降りるかどうか試さずに帰るのはもったいなすぎる…、という気持ちでした。神様のお考え…と言っても、何かを直接示されるというのもみんなが体験するわけではないですし…。一般的には、自分に「やりたい」という気持ちがあって、なおかつ可能となったら「みこころだった」と後で理解できることがほとんどなのではないでしょうか。
2024年の集いテーマは「時がある」
今年の集いは7月25日からの3泊4日で、昨年に引き続き南ドイツStuttgart郊外にある
シュヴェービッシュ・グミュント、Schwäbich Gmünd(最初の写真が町の中心地)で開かれました。会場は Schönblick. Christliches Gästezentrumという、町では知られた宿泊施設でした。参加者は日本からの方も含め、ヨーロッパ各地からおよそ200名ほど。
毎年、集いでは主テーマが決められ、それに沿ったメッセージがあるのですが、今年は旧約聖書の「伝道者の書」から。また、今のウクライナやパレスチナといった世界情勢も反映して、ウクライナからはオデッサで宣教師を30年くらいされているご夫妻や、イスラエルについてもスペシャル・ゲストスピーカーのお話がありました。毎回集いに行くと、さまざまな分野に詳しい方、私などは知る由もなかった方々のお話を聞くことができて本当に勉強になります。
そして 毎回「分科会」と称して1時間半―2時間ほどのテーマ別勉強会のようなものも開催されるのですが、私は今回「国際結婚」というテーマの分科会でファシリテーター(グループリーダーのようなもの?)を2日間させていただきました。国際結婚されている方が昔に比べ多い昨今の反映ですね。勉強会というよりは、フリートーク中心の語り合う場となった感じです。
また、今回はコロナ禍以来、夫も一緒の参加でしたので、ちょうど開催中にあった私の誕生日に二人で街中へ出てパフェもどきのアイスクリームをいただき、ちょっとバカンス気分を味わいました。まあ、ここでの数日以外は夏の間中 今年も仕事でしたので…。

ちなみに夫は性格がシャイなこともあって、英語などはあまり流暢に話せません。(ノルウェー語と英語って似てるのに、すごくもったいない話ですが、それは本人次第ですからね…。)ですが、聞く方は大丈夫なようなので、日本語から英語に通訳してくださる方が居て、本当に助かりました。ヨーロッパ内の日本人もドイツに住んでいる方が多いし、おのずと伴侶の方もドイツ語を話す方が多いので、英語の通訳が必要な方はマイノリティーな感じでした。
メッセージ・礼拝と合同のプログラムの他には、分科会(中グループ)や、スモールグループなど、少人数でお話できる機会があり、新しい方と知り合いになることも可能です。また、参加者のお子様たちは幼少科やティーンズのプログラムを通してお友達を作ることができますし、20代などの若い子たちにはユースのグループがあります。
さて、今回はヨーロッパ・キリスト者の集いについて書いてみました。アメリカなど、他国・他地域でもこういった日本人・日本語を話す方々のキリスト教の修養会が開かれているようですが、信徒が中心となってボランティアで…というのも、なかなか特殊だというお話も聞きました。集いが始まってもう40年以上が経つ中、やはり世代交代も顕著に見えます。私も人生の半ばを過ぎて、これからの集いとの関わり方をもう一度じっくり考えたいと思っているところです。
今日も最後までお読みくださりありがとうございました!