ハンブルネスのひとりごと

ノルウェー在住のシステムズ・カウンセラーのブログです

ノルウェー30年… 私とファミリーセラピー

みなさまこんばんは。残暑お見舞い申し上げます!
個人的に、8月はちょっと特別な月。ちょうど終戦記念日の8月15日が私の「ノルウェー上陸記念日」なのです。そして、今年は30周年でした。振り返ってみると、本当にあっという間だった30年。感慨深いものがあります。こんな選択をしていたら、あんな道に行っていたら…、と、思ってしまうのも正直なところ。特に大きな後悔はないと思いつつ、若いアジア人女性が全く一人でこちらにやって来て、いろいろな意味で限界もあったし、希望通りにいかなかった事も多々ありました。
さて、今日のトピックですが、ノルウェーでの最初の数年からずっと注目していて、今現在でも「マイ・チャレンジ」のファミリーセラピーについてお話したいと思います。最後までお付き合いくだされば幸いです。

 

ソーシャルワークを学んでいた時からの夢

さて、ノルウェー生活2年目の1996年から1999年まで当時の"Oslo College (現Oslo Met)" でソーシャルワークを学んでおりました。1年目は右も左もわからず、クラスの人たちからも「なんなのこの留学生?」って感じの冷ややかな目で見られる中、やっとこなしていた学業。2年目、3年目はノルウェー語の理解力が向上したと共に科目を学ぶことが楽しくなっていきました。3年生の時に選択科目として、「ファミリーワーク」があり、ここで初めて学んだファミリーセラピー。父が早くに他界し、母子家庭で育った私もさまざまな葛藤や問題*1を経験していたので、いつか本格的にファミリーセラピーを学んでみたいと思ったのでした。しかし、この時私はただの貧乏留学生。ファミリーセラピーを学ぶには、まずカレッジを卒業後、最低2年間ソーシャルワーカーとして従事した経験が問われていました。そして、臨床実務(または実習)の条件もあり、該当する仕事に就いていることが条件。とてもじゃないけど、…というか夢を見るのも気が引けるくらい「夢のまた夢」でした。ちなみに、ノルウェーでファミリーセラピーのコースを設けていたのが、Diakonhjemmet というキリスト教系のカレッジ。(現VID)当時は入学審査も厳しく、なかなか入れないコースでもありました。

 

ファミリーセラピー&システミック・プラクティス

ソーシャルワークのカレッジを卒業後さらに2年を学業についやし、西ノルウェーで就職・労働ビザ(スキルドワーカーという種類)も取得し、数年が経ったころ。ノルウェー第二の都市、ベルゲンでDiakonhjemmetと提携した新しいコースが開設される…ということで、こちらで1年目を。当時主流だったファミリーセラピーのコースは2年制だったのですが、ベルゲンでは1年ずつディプロマがもらえる仕組み。でも、2年目は諸事情(特に経済的)で進むのは断念。この2年目を取るまでには更に7年の年月が過ぎて行きました。
ファミリーセラピーの学びでは、先述の臨床実務に加え、セラピー・会話のトレーニングの場としてのスーパーバイジングを120時間受ける規定もありました。こういった道場的なスーパーバイジングはかなりの費用(例えば1時間1-2万円)がかかることもあるため、グループを組むのが主流です。2年目を受けるにあたり、こんな条件を満たせるよう助け舟を出してくれた同僚がいたため、「よっしゃ、終わらせるぞ」となりました。
無事に2年目を終え、正式に「後続教育のファミリーセラピーを取りました」と履歴書に書けることから、転職活動もスタート。転職先としては、生活保護のセクションから、児童保護事務所に転職できる可能性が高いです。児童保護事務所は、ファミリーセラピーが活かせる職場のひとつです。

 

マスターコースへの夢も膨らむ

ところがどっこい。そうそう簡単に職が見つかるわけでもなく…。たいがい、落とされた理由は「児童保護事務関係の経験がないから」でした。あとは、私の資格Sosionom(一般のソーシャルワーカー)であっても、児童関係に特化したBarnevernspedagogではないから…というのも理由の一つ。この二つは姉妹学科みたいな感じで、例えばうちの事務所でも一緒のチームで業務できるくらい類似している部分が多いですが…。Barnevern...の方は、「Pedagog」つまり教育者なので、子どもと直に接する部分のカリキュラムが多いかなあという感じ。
そんなこんなで、ちょっと煮詰まっていた私。ここ10-20年ほど、ノルウェーも都市部ではマスター(修士課程)を取るのがいたって普通になってきており、私もいつかマスターをとってみたいと漠然と思っていました。が、一体どんな科目で取ったら良いかもわからず。そんな中、ファミリーセラピーのマスターコース(3年・4年)に、編入できるという可能性も浮上したのが決め手となりました。引き続きずっと転職活動はやっていたんですけどね…。

 

クリニカル・マスター

DiakonhjemmetもVIDという名前になり、カレッジではなく大学に登録されたころ マスター編入者用のクラスを作るという話が…。ただ、当時の上司も仕事の傍ら勉強したいというのに難色を見せ、チャンスを一年見送らざるを得ませんでした。上司を説得しつつ、新しいチャンスが2015年に来たのですが、なんと日本の母が心筋梗塞で倒れるというハプニングが。日本にも急遽一時帰国をし、マスターコースが始める前日にノルウェー到着。バタバタしましたねー。でも、なんとか始められたのです。
歴史や様々なアプローチを学ぶ1・2年目とは異なり、3年目は修士論文に取り組むための研究学などが中心。4年目はほとんどの時間をリサーチと論文という構成でした。スーパーバイジングは相変わらず必須であり、この2年間でたしか200時間だったような。コース自体も政府からの援助がないため、年間100万円くらいの学費がかかりましたし。職場も相変わらず学びにはネガティヴでしたので、サポートゼロ。授業があるときなどは、有給休暇などを使っていました。(ラッキーな人は職場から学費も出してもらえ、学業休暇を独自でもらえていたみたい…)

さて、肝心の修士論文は日本人とノルウェー人のカップルについて、3組の国際結婚カップルにインタビューさせていただいて何とか終わらせることができました。ただ、成績は中の中…。論文のスーパーバイザーの先生にはいつも「あなたって、本当にアカデミックな文章が苦手なのね…」と言われておりました。ちなみに、成績が良い人は、ドクターコースへの切符をゲットできるのです。まあ、自分はもともと現場の人間なのでアカデミックな事とは縁が遠いのです。

 

副業のハンブルネス開設 ー そして

スーパーバイジングの規定も何とか満たし、ちょっと時間オーバーで2018年1月に修士課程を修了できたわけですが、本業の方はというと、2016年に難民キャンプへ転職。こちらはどちらかというと、修士論文を書くために転職したような感じもありで、ずっといようとは思っていなかったのですが、修士課程が終わったとほとんど同時に閉鎖が決まり、現在の職場に至る…わけです。キャンプ閉鎖が決まった時点でも、自分で転職活動はかなりやったつもりでしたが、児童保護事務所関係はやっぱりどこもぺけ。よっぽど縁がないんでしょうね。(と、いうかクリスチャン的にはドアが閉ざされている…)
私って本当に営業活動とかできないタイプなんですが、仕事がもらえないなら自分で始めるか…という勇気がでてきたのも、マスターを終了できたことがきっかけです。

そして… 実は現在進行形のチャレンジを只今しております。そのチャレンジとは…?来週になると、色々結果がわかるはずなのでまたアップデートできると思います。

と、いうことで長文になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!

 

おまけ ファミリーセラピーコースのジンクス

ちょっと嫌なジンクスなのですが、それは「離婚」や「破局」です。この勉強をすると、なぜか離婚や破局を迎える人が次々出てくる。学んでいる内容は真反対の、カップルセラピーであったり、家族の関係向上に向けてのアプローチなのですが。生徒も、ですが講師の中にもフェイスブックなどでお相手が変わっていて、びっくりすることがあります。実際、私の周りにも複数の方々に該当しました。なぜなんだろう、とうちの夫に聞いたところ 彼曰く「家庭でもセラピストっぽくなるからじゃないの?」とのこと。「夫なのに、クライアントみたいに扱われるのは辛いし面白くない」でした。そりゃそうだ。わたしも2年ー4年目を取ったのが結婚した後だったので、このジンクスには該当したくない!と気合が入りました。でも、破局が来なかったのは、故に夫のおかげかなあと思っております。(おまけ終わり)

 

*1:いろいろ大変だった十代のころのお話はこちらでお読みいただけます!

humbleness.hatenablog.com