ハンブルネスのひとりごと

ノルウェー在住のシステムズ・カウンセラーのブログです

ノルウェー30年… 私とファミリーセラピー

みなさまこんばんは。残暑お見舞い申し上げます!
個人的に、8月はちょっと特別な月。ちょうど終戦記念日の8月15日が私の「ノルウェー上陸記念日」なのです。そして、今年は30周年でした。振り返ってみると、本当にあっという間だった30年。感慨深いものがあります。こんな選択をしていたら、あんな道に行っていたら…、と、思ってしまうのも正直なところ。特に大きな後悔はないと思いつつ、若いアジア人女性が全く一人でこちらにやって来て、いろいろな意味で限界もあったし、希望通りにいかなかった事も多々ありました。
さて、今日のトピックですが、ノルウェーでの最初の数年からずっと注目していて、今現在でも「マイ・チャレンジ」のファミリーセラピーについてお話したいと思います。最後までお付き合いくだされば幸いです。

 

ソーシャルワークを学んでいた時からの夢

さて、ノルウェー生活2年目の1996年から1999年まで当時の"Oslo College (現Oslo Met)" でソーシャルワークを学んでおりました。1年目は右も左もわからず、クラスの人たちからも「なんなのこの留学生?」って感じの冷ややかな目で見られる中、やっとこなしていた学業。2年目、3年目はノルウェー語の理解力が向上したと共に科目を学ぶことが楽しくなっていきました。3年生の時に選択科目として、「ファミリーワーク」があり、ここで初めて学んだファミリーセラピー。父が早くに他界し、母子家庭で育った私もさまざまな葛藤や問題*1を経験していたので、いつか本格的にファミリーセラピーを学んでみたいと思ったのでした。しかし、この時私はただの貧乏留学生。ファミリーセラピーを学ぶには、まずカレッジを卒業後、最低2年間ソーシャルワーカーとして従事した経験が問われていました。そして、臨床実務(または実習)の条件もあり、該当する仕事に就いていることが条件。とてもじゃないけど、…というか夢を見るのも気が引けるくらい「夢のまた夢」でした。ちなみに、ノルウェーでファミリーセラピーのコースを設けていたのが、Diakonhjemmet というキリスト教系のカレッジ。(現VID)当時は入学審査も厳しく、なかなか入れないコースでもありました。

 

ファミリーセラピー&システミック・プラクティス

ソーシャルワークのカレッジを卒業後さらに2年を学業についやし、西ノルウェーで就職・労働ビザ(スキルドワーカーという種類)も取得し、数年が経ったころ。ノルウェー第二の都市、ベルゲンでDiakonhjemmetと提携した新しいコースが開設される…ということで、こちらで1年目を。当時主流だったファミリーセラピーのコースは2年制だったのですが、ベルゲンでは1年ずつディプロマがもらえる仕組み。でも、2年目は諸事情(特に経済的)で進むのは断念。この2年目を取るまでには更に7年の年月が過ぎて行きました。
ファミリーセラピーの学びでは、先述の臨床実務に加え、セラピー・会話のトレーニングの場としてのスーパーバイジングを120時間受ける規定もありました。こういった道場的なスーパーバイジングはかなりの費用(例えば1時間1-2万円)がかかることもあるため、グループを組むのが主流です。2年目を受けるにあたり、こんな条件を満たせるよう助け舟を出してくれた同僚がいたため、「よっしゃ、終わらせるぞ」となりました。
無事に2年目を終え、正式に「後続教育のファミリーセラピーを取りました」と履歴書に書けることから、転職活動もスタート。転職先としては、生活保護のセクションから、児童保護事務所に転職できる可能性が高いです。児童保護事務所は、ファミリーセラピーが活かせる職場のひとつです。

 

マスターコースへの夢も膨らむ

ところがどっこい。そうそう簡単に職が見つかるわけでもなく…。たいがい、落とされた理由は「児童保護事務関係の経験がないから」でした。あとは、私の資格Sosionom(一般のソーシャルワーカー)であっても、児童関係に特化したBarnevernspedagogではないから…というのも理由の一つ。この二つは姉妹学科みたいな感じで、例えばうちの事務所でも一緒のチームで業務できるくらい類似している部分が多いですが…。Barnevern...の方は、「Pedagog」つまり教育者なので、子どもと直に接する部分のカリキュラムが多いかなあという感じ。
そんなこんなで、ちょっと煮詰まっていた私。ここ10-20年ほど、ノルウェーも都市部ではマスター(修士課程)を取るのがいたって普通になってきており、私もいつかマスターをとってみたいと漠然と思っていました。が、一体どんな科目で取ったら良いかもわからず。そんな中、ファミリーセラピーのマスターコース(3年・4年)に、編入できるという可能性も浮上したのが決め手となりました。引き続きずっと転職活動はやっていたんですけどね…。

 

クリニカル・マスター

DiakonhjemmetもVIDという名前になり、カレッジではなく大学に登録されたころ マスター編入者用のクラスを作るという話が…。ただ、当時の上司も仕事の傍ら勉強したいというのに難色を見せ、チャンスを一年見送らざるを得ませんでした。上司を説得しつつ、新しいチャンスが2015年に来たのですが、なんと日本の母が心筋梗塞で倒れるというハプニングが。日本にも急遽一時帰国をし、マスターコースが始める前日にノルウェー到着。バタバタしましたねー。でも、なんとか始められたのです。
歴史や様々なアプローチを学ぶ1・2年目とは異なり、3年目は修士論文に取り組むための研究学などが中心。4年目はほとんどの時間をリサーチと論文という構成でした。スーパーバイジングは相変わらず必須であり、この2年間でたしか200時間だったような。コース自体も政府からの援助がないため、年間100万円くらいの学費がかかりましたし。職場も相変わらず学びにはネガティヴでしたので、サポートゼロ。授業があるときなどは、有給休暇などを使っていました。(ラッキーな人は職場から学費も出してもらえ、学業休暇を独自でもらえていたみたい…)

さて、肝心の修士論文は日本人とノルウェー人のカップルについて、3組の国際結婚カップルにインタビューさせていただいて何とか終わらせることができました。ただ、成績は中の中…。論文のスーパーバイザーの先生にはいつも「あなたって、本当にアカデミックな文章が苦手なのね…」と言われておりました。ちなみに、成績が良い人は、ドクターコースへの切符をゲットできるのです。まあ、自分はもともと現場の人間なのでアカデミックな事とは縁が遠いのです。

 

副業のハンブルネス開設 ー そして

スーパーバイジングの規定も何とか満たし、ちょっと時間オーバーで2018年1月に修士課程を修了できたわけですが、本業の方はというと、2016年に難民キャンプへ転職。こちらはどちらかというと、修士論文を書くために転職したような感じもありで、ずっといようとは思っていなかったのですが、修士課程が終わったとほとんど同時に閉鎖が決まり、現在の職場に至る…わけです。キャンプ閉鎖が決まった時点でも、自分で転職活動はかなりやったつもりでしたが、児童保護事務所関係はやっぱりどこもぺけ。よっぽど縁がないんでしょうね。(と、いうかクリスチャン的にはドアが閉ざされている…)
私って本当に営業活動とかできないタイプなんですが、仕事がもらえないなら自分で始めるか…という勇気がでてきたのも、マスターを終了できたことがきっかけです。

そして… 実は現在進行形のチャレンジを只今しております。そのチャレンジとは…?来週になると、色々結果がわかるはずなのでまたアップデートできると思います。

と、いうことで長文になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!

 

おまけ ファミリーセラピーコースのジンクス

ちょっと嫌なジンクスなのですが、それは「離婚」や「破局」です。この勉強をすると、なぜか離婚や破局を迎える人が次々出てくる。学んでいる内容は真反対の、カップルセラピーであったり、家族の関係向上に向けてのアプローチなのですが。生徒も、ですが講師の中にもフェイスブックなどでお相手が変わっていて、びっくりすることがあります。実際、私の周りにも複数の方々に該当しました。なぜなんだろう、とうちの夫に聞いたところ 彼曰く「家庭でもセラピストっぽくなるからじゃないの?」とのこと。「夫なのに、クライアントみたいに扱われるのは辛いし面白くない」でした。そりゃそうだ。わたしも2年ー4年目を取ったのが結婚した後だったので、このジンクスには該当したくない!と気合が入りました。でも、破局が来なかったのは、故に夫のおかげかなあと思っております。(おまけ終わり)

 

*1:いろいろ大変だった十代のころのお話はこちらでお読みいただけます!

humbleness.hatenablog.com

大腸内視鏡検査と心臓CT検査を終えて その2

みなさまお元気ですか?バカンス・のんびりムードの北欧ノルウェーからブログ更新しております。先週、今週とこちらもかなり気温が上がっています。北欧の建物はどちらかと言うと、熱を蓄えるので、エアコンがない我が家では四苦八苦。最近、寝室に設置するファン付きLEDライトをぽちりました。
さて、今日は前回に続きノルウェー医療トピック、私自身が受けた検査レポです。ノルウェー医療に少し触れつつ、実際の心臓CT検査(造影剤をつかったもの)の内容などもお伝えしたいと思います。

 

ノルウェー医療 ー 福祉国家の裏の部分

実は今回の心臓CTは、心臓専門医の「やらなくて良い」を何とか粘ってOKをだしてもらったもの。いきさつを語るには、やはりノルウェー医療制度も少しお話しなければなりません。
ノルウェーというと、スウェーデンデンマークに並んで、福祉国家というのは皆さんイメージの通り。医療費についても、年間に一人一人が払う「自己負担金」が定められていて、通常医療(イコール公的機関、または公的に補助がある医療機関)については、自己負担金をマックス払った時点で自己負担金該当とされる医療費は年内無料になります。今年の自己負担金は3278クローネで、およそ48000円くらい。一回に支払う自己負担部分にも公的補助があり、10割を払うわけではないのです。例えば、かかりつけ医の受診が2600円、また専門医(受診や検査など)は5800円ほど。と、受診料だけ見ると日本で3割負担の時に支払う金額よりもずっと高いですよね。処方薬などもやはり高いです。

そして、一番の違いは専門医への受診や検査などはすべて主治医を通さないとだめなんです。(主治医も公機関、Helsenorgeーヘルセノルゲに登録することになっている)で、この制度のデメリットが、福祉国家あるあるの「順番待ち」です。それぞれの病院のキャパシティートリアージなどにより待ち時間は様々ですが…。

私の心臓CTの件も、実は去年6月ころ胸やお腹に不快感があって、うずくまる場面があったんです。コレステロールもちょい高めだし、うちは血管系疾患の家族・親戚が多いので。もしかして、狭心症始まってる?と思い、主治医に相談。主治医は、「それは大変、すぐに国立病院(Ahus)に紹介状書きます」と言ってくれ、実際に紹介状も送ってくれました…が、数か月経っても、病院からはうんともすんとも言って来ない。私の方も、症状はそれほど顕著ではないので、心配はしていませんでしたが…。半年が過ぎたころ、かかりつけ医に「紹介状の返事来ました?」と聞いてみたのですが、彼女もびっくり。またAhusに問い合わせてくれました。また、民間のクリニックでも心臓CTをやっているのを知り、こちらにも主治医から紹介状をだしてもらったのですが、「循環器専門医以外の紹介状は受け付けてません」との返事。(ちなみに紹介状を書いてもらう際も当然、受診したので、2600円かかってます。プラス、紹介状料金も確かあったはず…)

検査の順番も、症状や年齢などで当然トリアージがあります。私の義父も、がんの検査でどれほど待ったことか。ただ、他の管轄区の病院でも受診・検査ができるよう、検査の待ち時間もHelsenorgeから見ることができます…が、遠くの病院を選ぶと交通費だってかかるしね…。私も昔、西ノルウェー時代に鼠経ヘルニア手術をオスロの病院でやったことがあります。オスロだと待ち時間が「半年」短かったため。

今年に入り、主治医が粘って聞いてくれた結果、「もうすぐ順番が回ってきます」との返事。これとは別(弁からの逆流)に3年に一度 Ahusの循環器科で心エコーを定期的に取ってもらっているのですが、この心エコー日が5月初旬ということで連絡が来ました。つまり、紹介状の件は…まさかの立ち消え?

 

心臓CTの紹介状への道

さて、定期健診の心エコーに行ってみると、いつもと同じ先生。彼は中東系の男性医師で、60代くらいの方。いつものように女性看護師が最初に心電図を取り、以前のデータと比較。この後、この先生がエコーを取るのですが、割とお話し好きというのもあり、いつも雑談をしながらの検査です。ただ、例の主治医からの紹介状の件について質問したところ「ちょっと黙っててもらえませんか」との注意。よっしゃ、検査終わったらとことん聞くわよ…。
まず、先生。「心臓CTは必要ないです。」と、一言。理由について尋ねると、「だって、動作時に胸が痛いとかじゃないんでしょ。だったら狭心症じゃないよ。」とのこと。ああ、この医者は最初から決めてる…と。だから紹介状も立ち消えたんだ、と悟りました。もう、今しかチャンスがないと思い、「でもね、先生。うちの母だって心筋梗塞の時は痛みはなかったんですよ。」「それに、先生もちろんご存じだと思いますが、日本人女性に特有な狭心症の種類だってあるじゃないですか。あれも痛みはないし、安静時に起きるものですよね。」「先生、私たち、東アジア人ってノルウェー人とちょっと異なるアナトミーだって私は思いますが。」などなど。言葉では言わなかったけど、究極の脅し文句「先生、私が死んだらどうやって責任取ってくれるんですか?」… て感じで迫ったかも。先生も、「造影剤はつかいたくない」だの色々おっしゃっていたのですが。ついに、「ああ、もうわかった。心臓CTね。はいはい。紹介状出しますよ。私が結果を見るからね。」そして、予約のお知らせが来たのがその1か月後でした。(また半年は待つと思ったけど…意外。)ちなみにお知らせは、Digipostと言ってデジタル郵便で来ます。あらかじめSMS又はメールで通知が来るようになっており、病院からの検査のお知らせには住所、日時、患者が事前に準備する事項などが書かれています。

 

検査準備

実際の検査は朝08:30からでしたが、お知らせには「1時間前には準備などのため、検査科に入ってください。」とのこと。Ahusへ行くには、家からまずオスロ市内行のバスに乗り、そこからまた東の方に行くバスに乗り換えます。およそ片道小一時間くらい。(AhusはAkershus Universitetsykehusの略称で、Akershus県とオスロの3区の管轄になっています)
さて、朝5時起きで7時半ちょっと前に着いたのは良いのですが、やっぱり受付は開いておらず。ちょっと待ってから受付を済ませ、今日の検査料をカードで払います。なんか、受付の事務の人もちょっと感じ悪…などと思いつつ、待合室に向かいます。検査ではあらかじめ造影剤を点滴することも分かっていたので、かなり緊張。と、いうのも、私の血管って究極に細くて滑るやつなんです。しかも、脂肪がジャマで血管も見えないし。以前も血液検査で4回刺されて、いずれも失敗に終わるという。なんか、すっかりトラウマっぽくなっています。そんなこんなで、血管が少しでも出やすいように、待合室でちょっと運動しちゃったりしていました。
8時になってもなかなか呼ばれないので、検査室から出てくる職員さんに尋ねると、なんでもこの時間は脈拍を鎮めるためなんだとか。そっか、でも私の安静時脈拍数は80近いから、鎮めるっていっても限度があるなあ…と思いながら。なんか、そのためだけに朝5時起きっていうのも、なんとも無駄な感じ。

時計が8時半近くになって、ようやく私の番がやってきました。担当の看護師さんにすごく待った旨を伝えます。すると、「今日は職員不足でお待たせしています。すみません。」とのこと。なんでも通常3人態勢が2人でやっているんだとか。あるある…だわ。検査着に着替えて検査台に移ります。また、私の難しい血管の事も伝えます。なんでも心臓CTでは右の腕に点滴を入れるのだとか。が、右の腕は全く血管は見えず。で、しかたないので右手首から入れることになりました。(昔、ここから点滴をした痕が…)以前も手首から採血したことありますが、やっぱり腕に比べ痛いですよね。この時もかなり痛かったです。針も無事に入ったのですが、「脈が高すぎるので、脈を下げるお薬を飲んで、1時間ほど待ってもらいます。」だそう。脈が高いと心臓の鼓動が早く、CT画像がぼやけることがあるのだとか。脈は60台じゃないとまずいそう。このお薬は、うちの夫など、心筋梗塞をした人が良く飲む「ベータブロック」と言う名前で、副作用としては、めまいなど。この後、呼吸止めの練習を兼ね、数枚を造影剤無で取った後、待合室に戻されました。服に着替えるのは手首が痛くてできなかったので、コートを羽織って廊下へ。しばらくすると、私の後に検査室に入った数人も同じように点滴の準備をされた後 待合室に戻ってきました。

 

検査

自分でも脈をとっていて、脈が60くらいになったなあ、というころまた呼ばれました。看護師さんからは、こんな説明。まず、大体の患者さんが緊張のため脈が上がるので、追加の脈を抑える薬を点滴から投入。そのあと、検査5分くらい前に冠状動脈を広げるニトログリセリンを口に入れる。ニトロが溶けたころ、いよいよ本番。造影剤はポンプ式になっているらしく、今回は2ラウンドでした。まず、冷たいものが右腕を通って行って、その後、胸がカーっと熱くなります。次に一瞬尿意を催すのですが、これはすぐに消えます。一回目が終わってから、看護師さんがまた説明に来て、すべての画像を調べるとか。(2回目があったってことは、画像がいまいちだったのかな?)最終的に画像のOKが出たようで、とりあえず検査終了。CT自体は20分くらいだったでしょうか。(最初の点滴準備に30分くらい?)ただ、また待合室に戻っても20分は点滴が刺さったまま様子見とのこと。すると、違う看護師さんが来て点滴針を抜いてくれたのが、11時近くでした。この日はこの後仕事に出ましたが、ベータブロックの副作用のせいか、めまいや倦怠感がありました。ちなみに、今回の看護師さんは一発で針を入れたので上手い方だったと思いますが、数日後やっぱり内出血のあとが…。内出血は致し方ないのか。

 

検査の感想

数日後、この検査をしなくていいと言っていた先生から検査結果のお手紙をいただきました。「ハロー、マイユニ!(なぜか感嘆符…)冠状動脈はノーマルでしたよ。… (以下省略)」「だから、言ったじゃないの。狭心症なんかじゃないって!」という先生の声が聞こえてきそうでした。ちなみに、弁の逆流はまた3年後に定期健診で見ていただけるそうです。
そうですね、やっぱりこの検査ってかなり大がかりだったんだわ…というのが正直な感想です。いろいろな薬を飲まなければだったし、時間もかなりかかる検査でした。でも、しなかった場合を考えると、やっぱりしてもらって一安心というところです。ちなみにCTの種類は「スペクトラルCT」だそうです。
日本でも医師によるのでしょうが、典型的な症状がなくても、ダメだとは言われないような気がします。ノルウェーでは、国の経済的負担が大きいため こういった精密検査は特に敷居が高めかもしれません。(お金がかかることは、よっぽど確実じゃないとしない)それで、ノルウェー医療ではあまり予防的医療としての検査はしていないのかも。50歳以上の女性が全員うけるってのは、乳がん検査くらいですもんね。乳がん発症率が高いですから。でも、仮に検査をせずに病気の発見が遅れた場合、とばっちりを受けるのは自分ですからね。この辺、患者もしっかり主張する必要があるかもしれないです。
そんな事態を避けるために、医療保険に入る人も近年増えてきました。民間の医療機関で公の提携や補助がないところは10割負担となるためです。が、全額払えば待ち時間もほとんどなく、専門医での受診・検査ができるためこちらを選ぶ人の気持ちもわかります。私も数年前に眼部帯状疱疹にかかった際、ドイツの病院を受診してたという理由で通常の眼科では眼底検査などはしてくれず。そこで民間の眼科クリニックに問い合わせると、当日中に受診・検査ができるとのことで行って、約26,000円を払いました。高かったけど、眼だけにちゃんと見てもらいたかったんです。うーん、こう見るとマイナス部分はかなり大きいですね。ノルウェー、良い部分もたくさんあるけど、医療システムはなあ…。もちろん、国内の他の病院(別管轄区)ではもうちょっと違ったりするかもしれませんが。

 

と、いうことで、今日は自分の体験談を交えながら最近受けたCT検査とノルウェー医療について語ってみました。最後までお読みくださり、ありがとうございました!

大腸内視鏡検査と心臓CT検査を終えて その1

みなさまこんばんは。お元気ですか?
私はというと、日本から戻ってこの3週間余りの間に二つの大きな検査を受けました。(もともと予定していたもの。)一つは大腸内視鏡。もう一つは心臓CT検査です。今日のブログは最初の検査について。かなりパーソナルな内容なのですが、なにかのお役に立てたり、参考になれば嬉しいと思いシェアさせていただきますね。

 

二度目の大腸内視鏡検査

今回大腸の内視鏡は二度目でした。最初の検査はこちらの記事:

humbleness.hatenablog.com

検査の前に不安だった私も他の方のブログを見てなんとなく安心することができたので、自分もシェアしてみようと思って書いたのでした。
ところで、なぜ二回目の検査かというと、当時はポリープが発見された患者さんには五年後に再検査を受けてもらう…という国の規定があったらしいのです。2019年から5年後は去年だったのですが、ノルウェー医療あるある、検査の順番は予定通りには回って来ず、しかも4月ころAhusから「民間のクリニックに検査を回しても良いか」の問い合わせがありました。民間クリニックだと待ち時間は短縮されるし、おととしの胃カメラもそんな感じのクリニックでやって、まあ満足だったのでOKしました。払う検査料はAhusとほとんど変わりません。

 

最悪な洗腸剤

6年前との大きな違いは、クリニック推奨の洗腸剤。(注:前回のピコプレップは日本でも使われているらしいのですが、今回は大学病院から該当のクリニックまで そろいもそろって推奨しているのが、PLENVUープレンヴューでした。)どこがピコ…と違うかというと、薬を溶かして飲む水分の量と飲みやすさでしょうか。クリニック指定の飲み方も若干違っていて、朝8時40分からの検査に対して、一回目洗腸が前日夜7時。二回目が検査時間の4‐6時間前。クリニックはオスロ市内で、うちから1時間ほどかかるので 日本のネットで検索すると5時間前くらいがお勧めとのこと…で、実際は朝3時に二回目。
飲み方は、一回目は大きめの一袋分を500㏄の水に溶かします。でも、それがなんかどろどろした重ーい、しかもしょっぱい液体で、1時間かけて飲むもの。最初「500㏄か」と高をくくっていたのですが、一口飲んだ瞬間「しまった!」と思いました。飲めない。まず過ぎて、一口入れるだけで、ぶるぶる震えがくる。でも、もう始めてしまったから、やるしかない。お水と交互に飲んでよいとのことで、一口ずつ頑張りました。もっと失敗だったのは、朝食後から固形物の絶食だったのもあり、仕事中にエネルギー不足になるのを防ぐため、リンゴジュースなどをがぶがぶ飲んでいたのです。夜7時になってもかなりおなか一杯状態。
あとでネットを読んでみたら、プレン…はかなりの悪評。大腸検査を定期的にされている方などは、病院の勧めを無視してピコを使われているようです。みなさん、そろって私と同じ意見で、飲む量の多さと味のまずさを問題にしていました。ピコはたしか、溶かして飲む量が150㏄なんですね。その後に摂取する水分量は多いものの、自分の好きなもの(透明な飲み物)を飲めるので、6年前にこちらを使った際も 特にしんどくは感じなかったです。
そして、2回目。目覚ましを3時にセット。今度はA剤とB剤の袋をまぜ、同じく500㏄の水に溶かします。ネット情報では冷蔵庫で冷やしておいた方が飲みやすいとあったので、そうしてみました。でも、なんかあまり変わりない…。まずさのあまりぶるぶる震えながら… でも、排便の色がそろそろ良いころかも、という感じだったので、最後の数㏄は端折ってしまいました。

 

いざクリニックへ

今回のPLENVUは、なんとなく体にも合わないのか、効き目が遅い。途中でトイレに行きたくなっても良いように、家をすごく早めにでました。何とかクリニックにたどり着いた時には朝8時。で、ちょうど受付の方が出勤したころでした。こちらでも、トイレに行くこと2回…。
私の予約は8時40分でしたが、前の方(おそらく8時)はいらしていないとのことで、8時15分には呼ばれて、検査台の上に。看護師さんが着替え部屋などに案内してくれ、検査をしてくれたのは40代くらいのノルウェー人男性外科医。特に何も言ってなかったので、鎮痛剤・鎮静剤なし検査となりました。ところが、これがけっこう痛い!その旨伝えると、なんでも腸の蛇行部を通しているとか。もう、お腹がやぶれるんじゃないかってくらい痛かったです。そして、こういう時は通常、看護師さんが「もうちょっとですよー」「がんばってー」と、寄り添ってくれるのが普通ですが、あら、この看護師さん部屋を出て行って他の用事を足していたみたい。こちらは、目に涙が浮かんでるっているのに。なんてこった。外科医の先生も、無言。まあ、こういう検査を毎日されているから、患者が「痛い痛い」言うのも何千回と聞いているのでしょうが。物相手じゃないんだから、もーちょっと何とか言ってくれても良いのでは?(この後、某口コミに即投稿しました。)

まあ、今回はポリープもなく、最後に「もうこの検査はしなくて良いですよ」と言われてちょっとは明るい気持ちにはなれたのですが…。でも、そうは言っても検査後もまだ洗腸剤が効き終わっている気配はなく…。速攻でトイレに駆け込み。薬についてもこの外科医に言ってみたのですが、案の定 ノーレスでした。「ああ、変な外人…めんどくさい患者」ってな態度。某口コミにも書いたんですけど、こういう冷たい職人さんみたいな医者って、昔にくらべてだいぶ減った気がしてたんですけどね。まだ居たのね…ここに、みたいな。

 

そんなこんなで、検査後は上司に「検査後体調が悪いので、今日はうちに帰って休みます」と連絡。もともとこの日は休みの許可は出ていたのですが、終わって体調が良かったら仕事に行こうと思っていたのでした。でも、夜もあまり寝てなかったし… いくらなんでもトイレに駆け込むようでは、まずいですもんね。例の洗腸剤がようやく効き終わったと感じたのがなんと夕方でした。休んで正解~。
ちなみに、お通じが元通りっぽくなってきたのは二日くらい経ってからでしょうか。

やれやれ…ですね。とりあえず終わってほっとしています。この検査の五日後には心臓CTが入っておりましたが、こちらもこちらで、なんか憂鬱。でも、こちらも無事に終了しました。次回、検査のいきさつから様子などもお伝えいたします。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

 

オープンバイト・アップデート 2025年・夏

みなさまこんばんは!お久しぶりのブログ更新です。
1週間ほど前まで介護帰国のため日本におりました。数年間、このブログでも取り上げている私のオープンバイトの原因・治療法に関して、今回の帰国では飛躍的前進があり、時差ボケも残る中、さっそくシェアさせていただきたいと思います!

 

オープンバイト、前歯部開咬

5年ほど前にかみ合わせが急に変わって前歯部開咬(オープンバイト)という状態になってしまいました。最初は顎の違和感、次に会話が少し困難になり、気が付くと前歯が閉じなくなっていました。最初はノルウェーで数か所の専門クリニックを受診。オスロの大学病院では変形性関節症と言われたものの、オープンバイトを閉じるなら矯正歯科を探して行ってくれ…と、まあなんとも患者に全く寄り添わない態度を取られました。また4年前に日本の2つの大学病院でも検査を受けたのですが、結果は「原因不明」。かみ合わせの変化は、下あごの位置が変化した(下の顎が後方に回転)のが要因なので、歯を動かす矯正治療にはなかなか踏み切れず。ど素人ながらも、文献を読んで治療法を探す日々が続きました。ネットで検索しては、顎関節症に強い歯科医院を見つけて受診したり…(でもやっぱり原因はわからず)そんなこんなで、気が付くと5年の月日が経っていました…。

 

東京市ヶ谷、グリーンデンタルクリニック *1

昨年、ブログを読んでくださっている方から、顎関節に特化した理学療法のクリニック*2を紹介していただき、これまでとは違った見解やアプローチで、ちょっと希望がわいたのも記憶に新しいところ。前回帰国からオンラインカウンセリングを2回ほど受けて、運動療法のフォローアップをしていただいていました。
グリーンデンタルクリニックの先生は、理学療法のK先生とも協働されている方で、先生から受診されたらどうですか、と言われていたのです。そうこうしているうちに先の読者さんも受診され、とっても良かったと受診を勧めてくださったのです。とはいえ、これまであちこちで検査しても「原因不明」だったことから、正直 期待はゼロだったのですが…。

 

5年越しの迷走に終止符

これまで受けた数々の検査もそれなりに丁寧ではあったのですが、こちらでの検査は顎関節のレントゲンやCTも含めかなり丁寧。もちろん問診だって、この5年の流れを辛抱強く聞いていただいて、なんとも恐縮な限り。またこれまでしたことがない、舌の筋力や口を閉じる筋肉の筋力なども計られました。びっくりだったのが、問診票で「口が乾く」と答えたことから、「無呼吸症」うたがいの見解も伝えられました。

S先生(実名はクリニックのHPで出ていますが、とりあえずイニシャルにしておきますね)は、論文も出されていて、研究熱心な方。これまで調べた文献などにはヒットしていなかったのですが、もしかすると私が「運動療法」については無知だったために検索ワードに入れていなかったかもしれません。それに、すごい先生に限って物腰も柔らかくて、とにかく何でも質問できそうな感じの方でした。ただ、これまでの先生方が、「うーん、ちょっとこれは…わからないですね。」と、うなっていた私の症状に関しては、さまざまな検査や問診から、総合的に原因や治療法も提示していただいたのが、本当にびっくりしました。これで私の5年に及ぶ迷走に終止符が打たれた感じです。
まず、顎関節症の診断は下りませんでした。両方の下顎頭に吸収(平坦化)が異なる規模であったものの、「顎関節変形症」(額関節症4型)の診断がくだるほどひどい吸収ではなく、「この程度」はかなり多くの方に起こるそうです。ただ、なぜそれが下顎頭後方回転につながったのかは 先生によると「何かがきっかけで…」だそうです。口呼吸や仰向けに寝ることが多いので、それがずれた原因かもしれませんし、数年使っていたマウスピースも関係していたのかもしれません。ところで、他歯科医院で作っていただいた「スタビライザー型スプリント」ですが、こちらは表面が平らになっていて、奥歯が当たらない仕様でした。奥歯がかみ合わないことで、咀嚼筋を寝ている間に休ませる目的だったのですが、S先生いわく、これも顎が後ろ向きに下がってしまう可能性を生み出している…とのこと。顎がずれていかないようにするストッパーがないという意味で。そういえば、開咬治療で奥歯を削ったりすると開咬がひどくなるというのはあちこちで読んでいたので、顎が後ろ向きに下がる人って割と普通にいるのかあ、という理解をしました。結果、新しいスプリントをクリニックで作っていただきました。(リポジショニング型スプリント)

 

治療法 =  運動療法

さきにも触れましたが、S先生は運動療法の論文を書かれた先生。まず、舌の筋肉をチューインガムでトレーニングする。それで、就寝時に舌が上あごの裏にとどまるように改善。また、下あごに直接アプローチする方法としては手を使ってあごを引っ張るなどがありますが、私の場合は口にコットンを入れて下顎先端を下から持ち上げる運動を提案されました。コットンを入れることで「てこの原理」となり、顎の角度に働きかけるもの。また、これと併用して咬筋マッサージや顎関節を動かす…などなど。ちなみに、クリニックで顎関節症についてのHPが立ち上げられていますので、これも下に貼り付けます。*3 こちらでは質問などをメールで送ることができ、なんとS先生自らが答えてくださるようです。私も受診の前にこちらのメールで問い合わせをしてみました。なにせ、「原因不明」でずっと来ていたもんで…。

さて、S先生に思い切って 私がイスラエルまで行って受けようかと真剣に考えていた、「顎間牽引法」の治療法について尋ねてみました。これは上下の歯に針金をつけて、縦方向にゴムで顎をひっぱるという治療法。てこの原理もされていて、やはり口の中に高く盛られたスプリントも入ります。先生によると、私の骨の吸収は、イスラエルの論文の患者さんに比べ本当に軽いものなので、この治療は不適応…。ポジティヴに解釈すると、このような治療をしなくても治る見込みがある… らしいのです。ただし、今日明日、ではもちろんなく、地道に運動療法を行う事が必須とのこと。

 

今日のまとめ

いやー。なんて言ったらよいでしょうかね。私の顎に起こったことを簡単に言うと、おそらく口をぽかんと開けて寝ることによって、下顎が後ろにさがって、オープンバイトに…。それがちょうど顎の骨が吸収していたタイミングだったのかもしれません。で、毎日少しずつ変化していったんで、数か月経つまで変化にも気が付かなかったという。そんなこともあるんだー。と、いうのが感想。それから、本当に原因を突きとめていただいて、迷走が終わって ほっとしました。これまで読んできた文献の情報が先生の説明ですべて腑に落ちた感じです。あとは、指示通りに自分でできることを頑張ってやるしかない、ですもんね。ああ、でも何か自分でやることで改善につながるっていうのも、ありがたいです。とにかく、「矯正しかない」と言われずに良かったー。

顎ケアラボのK先生、グリーンデンタルのS先生には感謝しかない…。(ちなみに、このお二方で本を出版されるそうです。なんでも医療関係者向きだとか)また、連絡をいただいて情報共有させていただいている読者さんにも超・超、感謝です。よくぞ連絡を取ってくださいました!

と、いうわけで、万が一 他にも悩まれている方がいらっしゃるかもしれない…と思い、クリニックなどは実名で紹介させていただきました!関東なんで、遠方の方もいるかも知れませんが…。でも、私が十分遠方で、それでも治る見込みはあると言われているので。やってみる価値はあるかもしれません。

さて、顎関節症の診断が下りなかったため、今回のブログからは「オープンバイト・アップデート」と題名も変更しました。また、どうなっているかアップデートいたします。今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

 

 

 

 

この冬のプチ・キッチンリフォーム

みなさまこんにちは。みなさまは、余暇に何をするのが好きですか?のんびり家ですごされますか、それとも外でアクティブに?好きな事をするって、本当にメンタルにとっても大事だなあ…と思う今日この頃。
私はというと、以前は考えられなかったことが今では趣味と化しています。それは、プチリフォーム。DIYなので、あくまでも「プチ」という感じですが 年が明けて冬の週末はもっぱら毎年、何かやっております。初めはそれこそ、「夫一人にやらせるのはかわいそう。自分だってこの家の所有者だから」という感じでしたが、ペンキ塗りなどは絵画の感覚でおそらく前から好きだったこと。だんだん自分からペンキの色を選んだり、物の配置を考えたり…かなり楽しくやっています。
さて、前置きが長くなりましたが、そんなこんなで今日はこの冬のプチリフォームについて書いてみます!

 

プチ・キッチンリフォーム その全容
ビフォア・アフター

上の写真がビフォア・アフターなのですが、どこが変わったでしょうか?
キッチンのユニット自体はそのまま。床材を張り替えて左(見にくいですが)の壁一面に色を塗りました。

ビフォア… の写真で写っている床材はいわゆるフローリング材の一種なのですが、こちらでは”Laminat”(ラミナート)と呼ばれていて、フローリングの意味の”Parkett”(パルケット)よりも安価で丈夫ということで人気があります。Parkettだと、本物の木材が表部分に貼ってあるのに対し、Laminatはいろいろな素材が合成・加工されたものが多いです。キッチンにはもともとダークブラウンのLaminatが貼ってあったのですが、ここに暖房設備はなく、夫がフィルム型の床暖房を設置したい(電気技師あるある)とかねてからずっと言っていたのでした。私は「もっと電気代が増えたら困るなあ」と思ったものの、家をグレードアップさせることは ここを売るときにも有利になるため、OKしたわけです。
さて、この家は中古物件だったため、キッチンもおのずと前所有者さんの趣味で設置されておりました。なので床だけでも、自分たちのテイストにできるってちょっと嬉しかったです。選んだのは、耐水性のあるLaminatで、ストーンタイルルックのもの。本物のタイルだと、床暖設備も大がかりになったり、コストがだいぶ違うため このチョイスになったわけです。色的には壁のタイル部分とキッチンの天板部分がやはりダークブラウン調だったため、明るめのグレーに。購入も、ドイツ系ホームセンターのBauhausで丁度キャンペーンをやっていて、20パーセントくらいは値引きされていたかなあ。とにかく、買う予定のあるものはうちはキャンペーンを狙って購入しています。
ちなみに、剥がしたダークブラウンのLaminat材は、きれいに剥がせたのでコテージのアネックス(小屋)の新しい床として再利用します。去年、このアネックスのドアを付け替え、内壁のペンキを塗ったのであとは床が残るのみ…。

 

ふたを開けてみたら、やっぱりやばい床だった…

以前のブログでも折に触れて(ブーイングがてらに)お伝えしていましたが、ノルウェーの建物事情は2000年代に入り人手不足のために東欧からの出稼ぎの方々が携わった建築物件はかなりミスや欠陥が多く、2008年築の家も例にもれず…でした。これまでもリフォームの折に90度ではない部屋の角や、平らではない床などと遭遇したので、キッチンの床材をどかした時にも覚悟はできていたのですが…。
結果は…「なんじゃこりゃ!」と思わず叫びたくなるほど変な施工をされた床。キッチンの戸棚や流し部分は以前から家の基礎になるコンクリートの床に直に設置されていて、キッチンユニットの下には床材が敷いてなかった…というのは分かっていたのです。が、なんと隣の居間の床との高低差を埋めるべくコンクリートが足し盛りされていて、そのやり方がずさんなため、床がでこぼこだったのです…。

左:古い床を剥がしている夫 右:新しい床材の作業中

この後、どうしたかというと…
まず、意を決してでっぱりを削る作業に入りました。専用の機械でコンクリート(またはモルタル)の盛り上がり部分を削るのですが、とてつもない量の粉塵で前が全く見えなくなったり。また、養生も甘かったので、戸棚のいたるところが粉塵だらけになるという…。もちろん、掃除機2台を使いながらだったのですが、人も物も真っ白になりました。(でも、良い経験になりました!)

と、いうことでこの後に断熱材を敷いてその上にフィルム状の床暖房も設置。それからいよいよ床材の設置。結果から言いますと、基礎部分を平らにする作業はもっと時間を掛けて丁寧にやるべきだったかもです。今出来上がった床部分もところどころ下の高さが違うので、でこぼこが歩いているとわかります。とはいえ、DIY。素人にしてはまあまあ、この家の床の状態でマックス頑張りました…と、言う感じ。

 

壁の作業

さて、床の次は壁。こちらは前所有者さんが2・3種類の壁紙を貼っては剥がし…された後があり、白だったのですが穴も開いていて、なんとも残念な感じだったのです。で、去年の玄関をリフォームした際に余った下地の壁紙を使用。キッチンと居間を分けるためにキッチンの入り口からは「Tender Green」という色で。居間もゆくゆく壁を綺麗に塗りなおしたいのですが、まだ色が決まらないのでとりあえず無難な「Egg White」で境目をペイント。壁の色はグリーンというよりはブルーっぽいですが。でも、気に入っています。なかなか難しかったのが下地用の壁紙の貼り付け。何せキッチンユニットの端をどかしたりできなかったので。この壁の写真はこちら:


今日、もともとあったランプ(茶色の部分を白にペイントしたもの)を掛けてようやく完成にこぎつけました。週末しかできないリフォームでしたので、時間的には2カ月くらいかかったでしょうか…。でも、とりあえず床暖房も良いですし、キッチン全体が明るくなった気がします。

 

そんなわけで、今日はこの冬のプチリフォームについてお伝えしました。リフォームトピックについては、このブログでだいたい毎年この時期にお伝えしているので、興味がある方はお読みいただけると嬉しいです。さて、こちらノルウェーイースターを間近に陽もながくなり、いよいよガーデンシーズンです…。と、いってもうちの庭は毎年ちょこちょこ手入れはするものの、なかなか難題が多くてまだまだ 納得のいく庭ができるまで時間はかかりそうです。それもDIYですので…。また、ガーデンリフォームについてもアップしていきたいと思います。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

バーンアウト予備軍

みなさまこんばんは。お変わりありませんか?
前回ブログから1か月とちょっと経ちました。実はこの間、仕事でさまざまなことが起き、元気がなく、仕事のモチベが出ないと感じて過ごした日々が続いていました。ちょっと「バーンアウト」気味だったかもしれません。生きていると やっぱりさまざまなトラブルなどでストレスがたまることがありますよね。
今現在は、少し落ち着いてきたかなあ、一番しんどい時は過ぎたかなあ… と、ブログに向かっております。そんなわけで、今日は過去のバーンアウト体験、セルフケアでどう対処しているかや、一般的に職場でしてくれる対処策についてシェアしてみたいと思います。最後までお読みいただけると嬉しいです。

 

バーンアウト

バーンアウト燃え尽き症候群)は、"仕事や学業、育児、介護などの過剰なストレスやプレッシャーが原因で、心身が極度に疲弊した状態を指します。

主な特徴は以下の通りです:

  1. 感情的な疲れ - やる気がなくなり、感情的に疲れ果てた状態。

  2. 冷淡な態度の増加 - 他人や仕事に対して無関心になったり、否定的になる。

  3. 達成感の減少 - 自分の成果や努力が意味のないものに思えたり、自信を失ったりする。"                       (AI、Copilotより)

なんだか、私が日本で就労していた90年代初頭にくらべ、「バーンアウト」という言葉自体 日本でもよく聞くようになりましたね。
私の事例ですが、とてもショックだった出来事が職場で立て続けに起き、上記1-3にあるのと本当に同じ症状が現れました。まさにドンピシャ!…という感じで。出来事については具体的に紹介できないのですが、かいつまんで言うと本業の精神的障害・疾患を抱えたクライアントさんとの支援の中での出来事です。また、今うちで研修中の学生さんからも私の対応について非難を受け、それもストレスの一つだったようです。研修生と言っても、その方は30代後半で、すでに一つの職種で成功している方で、それで疑問を投げかけられたのも理解できます。

 

最後の一滴と背景にある複数の難しいこと

バーンアウトになる時って、水がこぼれる寸前のグラスに最後の一滴が落ちてくるのと似ていると思います。自分のキャパが必死に耐えていたところに、何か特別な出来事が「最後の一滴」となって、もたなくなる。2013年に、バーンアウトで長期休職した際もそんな感じでした。もともと、ものすごいストレスフルな職場の毎日に加え、同僚数人が上司と対立しており、次々と休職したり辞めていく… その中で、残された職員たちは何とか職場が回るようにものすごく頑張っていたのです。が、そんな極限状態の中で何かとりちがえがあり、クライアントさんからクレームが寄せられた際、上司たちは私をサポートする態度を見せなかった…。その時、自分の中で「ポキッ」っと何かか折れる音も聞こえたんですね。まさに最後の一滴でした。もしも、就労環境や職場環境が健全だったなら、クレームが来てサポートがなくても耐えられたかもしれません。でも、もともと複数の難しい事柄が日常にあり、それに対してもエネルギーを使い、また個々に起こる事例についても特別な対処が必要となったら、キャパが追い付かなくなっても不思議ではないと思っています。

今回は本当のバーンアウトまで行かない、バーンアウト「予備軍」と感じています。まだ朝起きて、仕事に(かったるいけど)今日も行くか…と、いううちは、まだ余力がある。(もちろん個人差はあるので、あくまでも私の個人的な感覚です)背景にある複数の難しい事… は、実は現職場にも存在します。詳しく書くのを控えますが、やはり職場からのサポートや理解が十分に得られない状況だと感じています。

 

職場での対応

さて、以前「労働環境オンブズマン」のブログでお伝えした、ノルウェーの労働環境法。雇用者(ここでは所長)は、労働環境の責任を負っています。それにより、さまざまな対処・対策が職場であるのです。
私が実際に所長に頼んだのは、企業健康サービス(Bedriftshelsetjeneste, BHT)のカウンセラーに予約してほしい、というもの。外部の人にしか話せないことや、事情を知らない外部の方の意見も聞いてみたいと思ったからです。BHTと契約を結んでいる事業所や企業(公民問わず)はたくさんあると思います。この時、所長からも何があったのか聞きたい、という申し出があり、職場の労働環境について難しいと感じていることを話すことができました。所長はところどころ賛成だったようですが、やはり全部同じ意見というわけではなかったです。ただ、現・労働環境オンブズマンの私としては、本当にうちの職場はまだまだ課題が山積みだし、私は法に乗っ取っていろいろな意見を出しているのにもかかわらず、「マイ・ユニの見解」(あの人はああでこうだから)と理解されているところが、非常に残念でなりません。

ノルウェーの労働環境オンブズマン - ハンブルネスのひとりごと



ちなみに、バーンアウトなどが原因の休職や職場復帰後に関しても、その職員が働きやすいよう、さまざまな対策の検討が雇用者に科せられています。実際にうちの事業所でも、ある同僚が長期休職後に復帰した際、就労内容・所属チームを変更してもらっていました。こういった「部署替え」も、一時的または恒久的に被雇用者が受けられることの一つです。

 

セルフケア

最後に、いつもしていること、今回やってみて良かったことをシェアしますね。

  • 日記:毎日書く日記というよりは、何かあった時に書いています。ただ、出来事のただなかに居てショックすぎて書けなかった日も多く、私の場合は振り返って実際の出来事・自分のリアクション・何がどう起こったかについての自分の考え…を分けて書き出してみることで、だいぶ考えと感情の整理が付きました。
  • ひとりの時間:この振り返り日記を書いた時は、一人で部屋に座り、自分の好きな飲み物を飲み、音楽を聴きながら すごく良い時をもちました。普段は夫と二人で居間に居ますが 日本の曲を気兼ねなく聴けたのも一人時間ならではでした。
  • 祈り・瞑想:大きな視野で、この状態や人々や出来事が自分の人生にどんな意味をもたらしているか、思いめぐらしてみます。視点を移してみるのも私にはとても助けになります。

このほか、一般的には「自分の好きなことをする」とか「自分を褒める」や「自分にご褒美をあげる」などなど。日常的に自分をいたわってあげることは不可欠ですよね。ただ、バーンアウトに陥ってしまうと、自分が何が好きで何がしたかったか わからなくなってしまったりすることもあるかと思います。また、例えばご褒美にしても食べすぎや飲みすぎも逆に自分に害を与えることもあるので…ほどほど、ですね。

 

まとめ

今日は自分の過去・現在の体験も交えながら、職場でのストレスとバーンアウトについてシェアしてみました。実は来週BHTのカウンセラーとセッションがあるので、どんな結果になるかちょっと楽しみです。
ちなみに、職場では来月から新しい同僚が複数来るということで、それも職場環境が変わっていくチャンスだと感じています。良い方向に変わっていくように祈るばかりです。そう、辛い時にもいつかは終わりがあると信じて。もうちょっとふんばります。

ブログをお読みいただいた方の何かのお役に少しでも立てたら幸いです。

マイ・ユニ

 

 

 

 

 

ネガティヴ・ソーシャル・コントロールを考える

みなさまこんばんは。いかがお過ごしでしょうか?
私の本業は様々な悩みを抱えたユース世代をケアする仕事。ずっとフォローアップしている20代前半のクライアントさん(ノルウェー生まれだが、移民・難民の2世)との関わりの中から、最近とても考えさせられた事があります。それは、「ネガティヴ・ソーシャル・コントロール」について。ざっとググってみてみても、なかなか日本語ではヒットしない概念ですが、実はノルウェーや欧米ではかなり社会的に知れ渡っている現象なのです。今日はこのテーマについて少し書いてみます。


ネガティヴ・ソーシャル・コントロールとは?

さて、この現象はノルウェーではどう定義されているのでしょうか?こちらには国連を通じて、又は個人で亡命してくる方々のインテグレーションに関わる政府機関(Directorate of Integration and Diversity、通称 IMDi)がありますが、ソーシャル・コントロールに関する様々な情報も発信しています。

”Negative social control is defined as pressure, supervision, threats or coercion that systematically restricts someone in their life and repeatedly prevents them from making independent choices about their life and future.” (IMDi のホームページより)
つまり、誰かの圧力、監視、脅迫、強制などによって、生活が制限され、人生や将来についての自主的な選択を繰り返し妨げられること…と定義されています。

ノルウェーでは80年代までは労働移住が比較的自由にでき、労働者不足に伴って多くの労働移民がアジアから入ってきました。その後も、労働移民政策が施行されたものの、アジア・アフリカ各地からの紛争に伴う難民の受け入れが行われ、さまざまな文化背景の移民・難民が混在しています。問題は、2世たちがノルウェー化(欧米化)していることで起こる家族内の対立です。簡単に言ってみたら、他国からやって来た親世代は自分たちの文化・伝統に乗っ取って家族形成をしているのですが、子供世代がノルウェー社会で育っていく中で親世代とのギャップが生じる、というところでしょうか。特に、文化背景と並行して宗教的な背景も、ノルウェーの一般的な「何が普通か」ということから異なることが多く、社会的には多文化・多様性に配慮を示しつつも2世たちを保護するような動きがあります。
ノルウェーでも都市部と地方、など文化的にも違いがあるので一概に「何が普通」というのは言えないのですが、私が居る首都圏では 子どもがタバコを吸うのもすごく珍しい事ではないですし、アルコールや性的デビューも早いです。(詳しい資料はないのですが、だいたい高校生くらいでしょうか。)


実際に起こっている事

オスロでも同じ国・地域から移住してきた方々が集まって住んでいたり、または自然にコミュニティができています。オスロに住む日本人たちも、補習校(もともとは日本から家族と来た小学生などが日本の学校のレベルに着いていけるように開かれた土曜日のみの学校)を通じてなど、複数のコミュニティを作っています。
うちの事業所には、親との仲が最悪であったり、ネグレクトなどで精神障害や疾患を持ってしまったクライアントさんが来ますが、実際に背景を聞いてみると 移民・難民2世が目立って多いです。彼らが訴えるソーシャル・コントロールとはたいがいの場合、若い女性クライアントが被害を受けるケースが多く、父親・叔父・兄弟からの監視に始まり、例えば服装をトラディショナルなものに改めない(いわゆるノルウェー人女子と同じような肩が出ている格好など)と「売春婦」と罵られたり、ひどい場合は脅しや暴力行為もあります。ソーシャル・コントロールはコミュニティ単位でもあるので、「XX地域はコミュニティがあり、見張り役がいるので、住めない」といったこともあります。暴力行為に至っては、家族の名誉を損害するという理由で正当化され、ノルウェーでは「名誉に関連した暴力行為」と呼ばれています。
複数の女性クライアントから聞いた話では、まず女の子が一人暮らしをするのが理解されない。それから、結婚前に彼氏を作ることもご法度。あるクライアントさんは、家に親や兄が突然やってきて、家の中を検査するというのです。また、こうしたクライアントさんが大学に行ってキャリアを積むということも理解されません。特に家族の中の年上の男性陣から攻撃されます。また、ここ十数年ある現象として、欧米化する子どもたちに危惧した親たちが、親戚などを頼って子どもたちと一緒にアジア・アフリカ圏の国に引っ越してしまうというもの。(もともと国の紛争で難民として来た方々ですが、その近隣国に移ったりするケースです。)そうした子たちはいざノルウェーに戻ってもノルウェー語ができなくなっており、学校に戻ろうとしても言葉の壁などが多々あります。


ソーシャル・コントロールは日本でも?

こうして具体例を羅列してみると、ちょっと100年くらい前の日本も彷彿とさせませんか?100年前までさかのぼらずとも、30年ちょい前の私の就職活動時代も、一人暮らしの女性は採用が決まりにくい、という話はありました。
ところで、先述のクライアントさんですが、彼女の話をよく聞いていく中で、実は他人事ではなく、自分自身もかつて体験していたことであった…と気づいてしまったのです。彼女の話は内容は多少違えど、共通点がたくさんあり、私にもとても共感できました。いつも批判され、家族に認めてもらいない辛さも…。もちろん、日本では家族の名誉のために娘に暴力を振る、あるいはそれがエスカレートしての殺人などは耳にしませんが、いまだに家族の中の男性陣(父親や長男)が一家のスタンダードを定義する権利があること。また、それにそぐわない行動をする者は制裁されてしまうこと。制裁… までいかなくとも、やはり非難を浴びたり、批判を受けたり。個人が持つ独自の考えや個性などは、なかなか認めてもらえないということですね。
もちろん、日本文化には良い所がたくさんありますし、それを非難するつもりもないのですが、こうしていわゆる第3か国(発展途上国)の現象と思われた ネガティブ・ソーシャル・コントロールが、実は自分の身近な場所でもあったのだ。日本は今では多様性を認める動きで寛容になってきている社会だと思いますが、こういった行為はもともと「当たり前」の様に存在していたのだ、とわかり、自分でも驚きでした。

 

まとめ

私は社会学者ではなく、こういった現象などをグローバルな視点から語るのは難しいので、身近な出来事から感じたことを書かせていただいています。ただ、今回のテーマ、ネガティブ・ソーシャル・コントロールは実は日本の社会にもかなり蔓延っていること。また、それにより傷ついている若い子たちが(かつての自分の様に)居るのではないかと思います。もしそうだとしたら、私からのメッセージはやはり自立して、そうやって自分をコントロールしている人たちから物理的・経済的な距離を置くことをお勧めする…ということです。私自身、ノルウェーという遠いスカンジナビアの国に来たことは、私をコントロールしようとしていた人たちや自分を否定するメッセージからの一つの決別でした。ただ、物理的に距離を置いたとしても、長い間受けたネガティブなメッセージは残ってしまうもの。要は自分を認めてくれる人たちが周りにいる環境を作り、「再生」を始めるのをお勧めしたいのです。再生…とは、自分は悪くはない、大丈夫、そして自分が受けてきた数々のネガティブなメッセージは単にコントロールしたい人が発信したことだ…と気が付くこと。
ただ、そうは言ってみても、実際はそれほど簡単ではありませんよね。クライアントの子もそうですが、誰でもやはり自分の家族とは仲良くしたい… その気持ちが葛藤になってしまうのは、とても理解できます。

今日はネガティヴ・ソーシャル・コントロールという、日常のクライアントさんとの関わりから出てきた現象についてと、自分が感じたことをシェアさせていただきました。この記事を読まれた方の、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 

(このブログは私のセルフブログページで2025年2月に掲載されたものです。)