ハンブルネスのひとりごと

ノルウェー在住のシステミックカウンセラーのブログです

コロナがもたらす人間関係のひずみ - あなたはどうしますか?

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オスロバスターミナルではクリスマスのイルミネーションがつきました

みなさまこんにちは。お変わりありませんか?

こちら、ノルウェーオスロ近郊ではクリスマス商戦が始まり 去年は中止だったオスロ繁華街のクリスマス・マーケットが今年はオープンしたといったニュースも流れていました。9月末に「コロナ収束宣言」をしたものの、今は他のヨーロッパ諸国と同じく感染拡大傾向となっています。(と、いってもまだ深刻な状況ではないので、秋に発足した新政府は国全体のコロナ政策はしない模様…。感染のひどい地方自治体は感染対策を再開しました。)

さて、先日コロナのせいで家庭が崩壊したというような日本のレポートを見ました*1。なんでもご主人さまがSNS系のメディアにはまってしまい、お子さん方に「マスクをするな」的なことを言い出したらしいのです。いわゆる「コロナは存在しない・陰謀説」を信じてしまったとのこと。それがどんどんエスカレートしていく中で悩んだ奥様はお子さんたちを守るためにとうとう離婚を決意された…との内容でした。本当に、なんて悲しい事でしょうか。

陰謀説を信じないまでも、ワクチンに関しての賛成・反対なども含め もしかしたら みなさんの周りにもコロナ関連の意見が分かれてしまって ご家族やご友人との人間関係のズレを感じてらっしゃる方もいるのではないでしょうか。こんなわけで、今日はこのテーマについて一緒に考えられたらいいな…、と思っております。

 

ヘリコプター・パースペクティヴを取ってみてわかったこと

実は私のまわりにもワクチンに対する意見が全く異なる人がいます。私自身は支援者としてクライアントさんに接する業務をしていますので 自分がコロナの媒体にならないようにする責任がありますし、コロナにかかりたくもありません(後遺症などが怖い)。そして、メディアや海外でのワクチンに対するポジティヴな報道に関しても全く問題なく信じられます。ところが、この本人と話してみても、ワクチンに対する懐疑心が強く、全く信じられないと言い、平行線をたどる一方です。日本では「ワクチン受けた?」と聞くこともタブーなくらい ご本人の意思が尊重されていますね。本人の意思を尊重して、ワクチンも勧めない…のは、私も理解できるし賛成です。でも、家族や親せきなど、身近な人になればなるほど なんだかとっても気になるし、意見が違うのが悲しくも感じられます。尊重しなければ、と思いつつ私と同じ意見になってくれることを願ってしまうのです。

さて、システムズ・カウンセリングではコミュニケーションが重要なのですが、「バード・パースペクティヴ」とか「ヘリコプター・パースペクティヴ(は、ちょっとだけズームアウトした感じ)」を取ってみて視点を変えてみるのが不可欠です。遠くから眺めてみると、相手と自分のやり取りやお互いの関係性なども もっとはっきりと見えてくるからです。

そんなこんなで、この人物に関しても こんなことが浮かんできました。

すごく短期間で開発・実証されたこのコロナワクチン。本当に重篤な副作用が数年後にないかどうかも 誰も保証はできない。そして、巷では「ワクチン受けた方がいい」という意見が多勢。しかも、ワクチンパスポートがないと、PCRをして陰性証明を提示するとか またはもしかしたらできないことが増えてくるかもしれない…。自分は圧倒的に不利。でも、どうしてもワクチンを信じることもできない。みんなが騙されている気がする。みんな、どうしちゃったのか。どうしていとも簡単にだまされてしまうのか…。

これはこの人の立場に立ってみた上での想像ですが、こんな考えになっているのではないでしょうか。そして、フィーリング、感情の方はどうでしょう。もしかして、すごく孤独になっていて 寂しいと感じているかもしれません…。多勢対ひとり。味方が必要だ、と感じているかもしれません。

この人物と私のやり取りを見たらどうでしょう。勧めない、この人の意見をリスペクトする、と口では言いつつも 態度では「なんでワクチン受けないの?」的な私の中の疑問がじわじわと表れているかもしれません。(特にプライベートにおける人間関係では私もわりと地で行っていますので…)

不思議なことに、こんな風に意見の違う相手の思考や感情を想像してみると、「無理もないよな」という気持ちになってきます。同情もわいてきます。それから自分の姿も全く客観的に見るのは無理ですが、ちょっと冷静に距離を置いてみると 反省点が見えてきます。次に接する際にもうちょっと違う話し方や接し方ができるようになるかもしれません。

そして、関係性。もともと関係が良い相手なら 距離を置いて眺めてみなくても 最初から相手に対する良い感情は損なわれることはないのかもしれません。意見が違うとわかっている話題をスルーしたりと、関係を保たせるいろいろな方法があるかもしれません。ただ、関係性がいまいちとか悪い場合は、真っ向から対立してしまうことがあったり、また なかなか相手の視野でものを見ることも難しいかもしれません。私とこの人物については 関係性は良くはないと認めます。なので、自分がこの人との関係をどうしていきたいか まずは見極める必要がありますね。もし壊してしまいたくない関係なら、自分の接し方を関係性を維持できるような形で変えていく必要があるでしょうね。

 

自分の命に係わること ー 強い感情

それから一般的にコロナにまつわる感情って何だろう…と考えてみました。去年の春ころに比べ、コロナ自体の知識や経験も増え、今年の第5波では人流がなかなか減らなかったのも記憶に新しいですよね。その一方、やはり重症化したり、お亡くなりになる方もまだいらっしゃる。ワクチン賛成の方々は、コロナ自体にまだ怖いという念があって、多少なりとも懐疑心があっても この「怖い」が勝ってしまっているのかもしれないですね。ワクチンについて非の方につく方は やはり「副反応が怖い」とか「得体のしれないものを自分の体に入れたくない」といった、心配や恐怖心があるのではないでしょうか。

こうしてみると、ほとんどの方が恐怖心といった強い感情をベースに「ワクチン云々」の意見を持たれているのでは、という気がしました。こんな強い感情だからこそ いったん意見が分かれると、「この人、信じられない!」といったような強い反応となって感じてしまうのかもしれませんね。

ワクチンのみならず、こちらノルウェーではマスク着用云々が話題となることがあります。最近若い同僚に「マイ・ユニ、コロナはもう終わったのに、なんでマスクしてるの?」と言われ、別に苦情のつもりではなくても 私の中では苦情のように聞こえ、一瞬、ムッとした記憶があります。自分の健康維持を阻まれているような反応になってしまったのかもしれませんね。

 

まとめ

今日はコロナ禍での意見の不一致から来る人間関係のひずみについて、自分の例から考えてみました。まず、意見が違う相手が近ければ近いほど、意見の不一致を受け入れるのって難しく感じられるということ。仮に赤の他人だったなら、まったく気にも留めないかもしれません。

それから、相手との関係性の維持を考慮したなら、なるべくこちらから相手に歩み寄る姿勢…つまり、相手の立場でことを見てみてみたり、自分の出方、接し方を変えてみる…ということですよね。でも、関係性がもともと悪かったりした場合って、なかなか相手に歩み寄ることも難しいかもしれません。そして、悪い関係性を良くしたい場合って、こういった非常時には至難の業かもしれません…。(リラックスできる環境や状況でないと、なかなかメンタルの余裕ができない、という意味で。)

最後に、コロナに関する意見って、実はみんな「怖い」ってのがベースになっているかも知れない…ということ。自分の命や健康にかかわることって、本当に強い感情となって影響してくるのかな、と思いました。こんなことを念頭に置いておいたら、つい反応してしまったとしても、すぐに「待て待て、リラックス」と自分に言ってあげることができるかもですよね。

さて、これをお読みくださっているみなさんはどう考え、お感じになりましたか?「自分はこうして解決した」とか、「こんな方法があるよ」といったのがあれば、ぜひお聞きしたいなー。人間関係って、本当に複雑でさまざまなことが絡み合って構成されている…。

今日もお読みくださり、ありがとうございました。引き続きご自愛くださいませ。

 

 

 

 

*1:You Tubeで民放の番組からアップされていたものです