ハンブルネスのひとりごと

ノルウェー在住のシステミックカウンセラーのブログです

父のこと

みなさまこんばんは。日本でも年の瀬とあり、お忙しくお過ごしと思います。

「いよいよ」クリスマスを国民で祝うノルウェーで、みんなが待っている日が明後日となりました。イヴの前日、明日12月23日はこちらで"Lille julaften"(リッレ・ユールアフテン、ちっちゃいクリスマスイヴという意味)と呼ばれ、お茶の間では毎年特別番組でクリスマス料理を作っていたり、豪華ゲストが出演します。ツリーを飾り付けるのもたいていこの日の家庭が多いです。日本の年越しを彷彿とさせます。

今日書いてみようと思ったのは、実はクリスマストピックではなく いたって個人的な、私の家族のストーリーです。というのも、うちの父がこの日に他界してから今年で41年になります。興味がある方は続けて読んでいただけたら嬉しいです。

 

平凡に幸せに暮らしていた家族に降りかかった事故

父は北海道で自営業をしていました。母と結婚して10年、3人の子宝にも恵まれ、本人も30代半ばで、まさに「これから」という人生だったと思います。私は小学校1年生。かなりおませで「しっかりもの」だったので、両親のすることにも口を出していた方でした。そして、たいへん父親っこでした。

12月中旬のある夜、久しぶりに父が母と二人だけで外に出かけました。私の上には兄、下は弟ですが、数時間だからという感じで子供だけでお留守番だったのです。私は両親にうちの鍵を持っていくよう頼み、玄関の鍵を閉めました。ところが、彼らは鍵を持たずに出たため帰宅後うちに入れず、父が2階にあった大きなお風呂場の窓から中に入ろうと試みたところ、滑って頭から落ちてしまったのです。およそ2メーターちょっとくらいの、それほど高くない場所からでした。

次の日の朝、私たちを起こしに来たのは叔父でした。「お父さんが大変なことになっている」「お母さんも病院だよ」と。それから数日後、病院にお見舞いに連れて行ってもらったのですが、父は事故以来意識が戻らず…。結局、数日後にそのまま他界しました。脳挫傷でした。

 

それぞれの痛み…

こちらで行ったソーシャル・ワークの学校では児童心理学の科目もあり、その時に親を亡くすことの子供の精神に与える衝撃・その後の精神的傷などがトラウマになりうる、というのを初めて学びました。子供にとって、親を亡くすのは世界で一番恐ろしいことの一つです。まるで目からうろこのような体験でした。と、いうのも父の死後 私たち家族に起こった出来事と習ったセオリーにオーバーラップするところがあったのです。急死というのも、最後のお別れができなかったり、言い残したことがある場合、さらに痛み・悲しみが増します。

7歳だった私も初めて人の死を目の当たりにしました。体はあるのに、呼んでも答えてくれない状態。冷たく、硬くなった顔。そして、あまりにも急だったので、本当に父がいなくなってしまったことも、すぐには飲み込めません。

悲しい、寂しい、という感情はあとからわいてきました。そして、「なんで?」という疑問詞。なんで父が死んでしまったのか。なんでこんなことが起こったのか。あの時、もし鍵を両親が持っていたら…、もし父が腕や足を骨折するだけで済んでいたら…、など考えは尽きませんでした。

そして、避けられなかったのが、自分自身の行動に対する「なんで?」。「なんであの時うちの鍵をかけてしまったんだろう」と、大人になってからもよく考えていました。鍵さえかけなければ、父は今でも生きていたに違いない。自分も父の死に責任があるのではないか、と。

自分が「しっかりもの」と言われていたことにも とても嫌気がさしました。もし、しっかりしていなかったら、鍵なんかかけなかっただろう…という思いからでした。ナラティブを学んでから、つくづく思うのは、やはり人の人格・アイデンティティーはこういった周りからの言葉で形成されてしまうということ。「しっかりもの」の自分に期待される行動をとっていたと思います。

この時の自責の念からは 30歳を過ぎて短期間参加していたグループセラピーで初めて解放されることとなりました。と、いうのも、グループの参加者みなさんから、「わたしだってそうしたわ。だって、泥棒とか怖いじゃないですか。」といったサポーティブなコメントをいただいたのがきっかけです。そう、そうなんだ。私のとった行動はいたって普通だったのだ。しかも、自分たちを危険から守る行動だったのだ、と。

ちなみに、父の両親にとっても最愛の息子を起こらなくてもいい、こんな事故で亡くしてしまったことも大きな傷となっていました。もちろん、うちの母にとっても、辛い経験が何年も続いたと思います。ただ、本人は私たちを育てるのに必死であまりそこまで考える時間も余裕もなかった…とのことでした。

 

長い月日が経ちました…

冒頭でも書きましたが、もう今年で41年が経ちます。長い年月です。私たち家族はその数年後、母の家族がいる関東地方に移り、現在も実家は関東です。(北海道から関東…これもなかなかハードな体験ではあったのですが、また後日取り上げたいと思います。)母はその後もずっと一人だったので、母子家庭で育ったわけですが、私たち兄弟3人とも学校も行き、普通に社会人になったので、母も安心したそうです。そこへ来るまでにも数々の大変な出来事はありましたし、普通に家族げんかもしていましたが、なんとかみんなで父の死を乗り越えていけました。

たしかに、「時が傷を癒してくれる」という言い回しがあるように、ある程度時間が経つことで人生にもいろいろな変化も起こり、最初のころの辛い感情などもだんだん薄れていきます。でも、こんなに年月が経ってもやはり父に会いたい思いは沸き上がります。父のことを考える時は、「今話ができたら、何を話すだろう」とか、「うちのノルウェー人の旦那のことなんて言うかな」などの想像するのですが、残念ながら、声や立ち振る舞いはもう覚えてはいません。父がいたから、私がこの世に生まれてきたので 自分が彼がこの世に生きていた証拠なんだわ、と思うようになりました。

 

このブログを読んでくださる方の中で、子供時代に親御さんを亡くされるという不幸にみまわれる方がどれだけいらっしゃるかはわかりません。ただ、これを読んでいただくことで、何らかの形でお役に立てれば、と思いました。そんな方がいらっしゃったら、今はお辛いかもしれませんが、きっといろいろなことが 徐々に、しかも良い方向に変わっていくことをお祈りします。

 

毎年、Lille julaftenは、父が生きていたことを記念する日でもあります。そして、クリスマスは私にとって、イエス・キリストを通して神様が表してくれた大きな大きな愛をかみしめ、感謝するときです。

メリー・クリスマス!

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